第23話 その成果は、誰のものでもなかった
軍務卿補佐室へ戻ったレオンは、視察の記録を机に置いた。
「いかがでしたか」
部下が問う。
「問題はない」
短い返答。
「ですが?」
「問題がないことが、問題だ」
部下は、わずかに眉を寄せる。
レオンは、視察中の光景を思い出していた。
整いすぎていない机。
過度に緊張しない空気。
そして、あの女性――リリアーナ・エルフォード。
噂とは違う。
冷酷でもなければ、
誇示もしない。
ただ、
流れの中に溶け込んでいた。
「後方管理室の成果は、誰の名にもなっていない」
「はい」
「ならば、誰かが意図的にそうしている」
王宮で“功績が残らない”ことは、ほとんどない。
誰かが手柄を取り、
誰かが失点を被る。
だが今回、
そのどちらも見当たらない。
「王太子殿下には?」
「現状維持とだけ」
レオンは、窓の外に視線を向けた。
急ぐ必要はない。
あの部署は、壊すべきものではない。
むしろ――
「守る価値がある」
小さく、そう呟いた。
同じ頃。
王太子の執務室では、別の会話が交わされていた。
「補給費の改善、見事でございます」
側近が言う。
「当然だ」
王太子は満足げに頷く。
「無駄を削れと命じた結果だ」
「軍務卿補佐室が確認を」
「気にするな」
王太子は軽く笑う。
「数字が改善しているなら問題ない」
彼の中で、
すでに成果は“自分の指示の結果”として確定していた。
疑問はない。
確認も不要。
王宮は今日も順調に回っている。
その“順調”が、
どこから来ているのかを知らないまま。
一方、後方管理室。
ルークは、机に向かいながら小声で言った。
「……あの人、怖くなかったですね」
「誰ですか」
「軍務卿補佐官です」
私は、少し考える。
「怖い人ではないと思います」
「どうして分かるんですか?」
「数字ではなく、流れを見ていました」
それは、
壊すためではなく、
理解するための目だ。
ルークは、納得したように頷く。
「……じゃあ、敵じゃない?」
「さあ」
私は、帳簿をめくる。
「今は、まだ分かりません」
けれど。
あの視線は、
責任を押し付ける目ではなかった。
測る目だ。
選ぶ目だ。
後方管理室の灯りが、ゆっくりと落ちる。
静かに整えてきた流れは、
もう隠しきれない段階に入った。
成果は、誰のものでもない。
だからこそ。
それを“どう扱うか”で、
次の物語が決まる。




