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第22話 その部署は、表に出ないはずだった

 後方管理室の朝は、変わらず静かだった。


 紙の匂い。

 整然と並ぶ棚。

 淡々と進む作業。


 そこへ、不意に足音が響いた。


 規則正しく、迷いのない歩調。


 ルークが顔を上げる。


「……来客?」


 この部署に、訪問者はほとんど来ない。


 バルドが扉に向かい、応対する。


「後方管理室で間違いないか」


 低く、落ち着いた声。


「はい。どのようなご用件で」


「軍務卿補佐室より、視察だ」


 室内の空気が、わずかに張り詰める。


 ルークが息を呑むのが分かった。


 私は、帳簿から目を上げない。


 視察。


 想定内。


 だが、予想より早い。


 扉が開き、

 数名の文官が入室する。


 その先頭に立つ男――

 レオン・ヴァレンティ。


 整った姿勢。

 無駄のない視線。


 彼は、室内を一度だけ見渡した。


 派手な反応はない。

 評価も、軽視もない。


「通常業務を続けてくれ」


 それだけ言う。


 威圧でも、友好でもない。


 私は、淡々とページをめくる。


 ルークは、やや硬い動きで帳簿を整理している。


 レオンは、バルドの机に向かった。


「最近、処理が安定している」


「ありがたいことです」


 バルドは、慎重に答える。


「何か特別な変更を?」


「いいえ。通常業務の範囲内です」


 嘘ではない。


 レオンは、ゆっくりと棚を見回す。


 帳簿の並び。

 付箋の位置。

 机の上の資料。


 どれも整っている。


 だが、整いすぎてはいない。


 自然だ。


 それが、逆に不自然だった。


「その書類を」


 不意に、レオンの視線がこちらに向いた。


 私の机の上にある補給費の記録。


「どうぞ」


 私は立ち上がり、差し出す。


 彼の手が、紙を受け取る。


 ほんの一瞬、視線が交わった。


 冷静な目。


 観察する目。


 測る目。


 私は、視線を逸らさない。


 恐れる理由はない。


「……なるほど」


 レオンは、低く呟いた。


「流れが、滑らかだ」


 数字の精度ではなく、

 “流れ”を見ている。


 やはり。


「何か問題が?」


 私は、静かに尋ねる。


「問題はない」


 即答だった。


「だからこそ、確認している」


 レオンは、書類を返す。


「後方管理室は、表に出ない部署のはずだ」


「その通りです」


 バルドが答える。


「だが今、最も安定している」


 沈黙が落ちる。


 レオンは、もう一度室内を見渡した。


 誰も、手柄を主張しない。


 誰も、怯えすぎない。


 自然に、仕事が回っている。


「……引き続き、通常業務を」


 それだけ言い残し、彼は踵を返した。


 扉が閉まる。


 室内に、静けさが戻る。


 数秒の沈黙のあと、

 ルークが小声で言った。


「……来ましたね」


「ええ」


 私は、帳簿を閉じる。


 波は、確実に来ている。


 だが、まだ嵐ではない。


 今日の視察は、確認。


 次は、選択だ。


 後方管理室は、

 本来、表に出ないはずの部署。


 けれど今、

 その存在が、確かに“見られた”。


 静かに整えてきた流れは、

 もう誰にも完全には隠せない。


 私は、深く息を吸う。


 焦らない。


 まだ、焦らない。


 けれど。


 物語は、

 確実に次の段階へと進んでいた。


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