第21話 功績の行き先が、分からない
軍務卿補佐室の机の上に、数冊の帳簿が並べられていた。
「こちらが、過去三ヶ月分の補給関連処理記録です」
部下が静かに報告する。
レオン・ヴァレンティは椅子に腰掛けたまま、
一冊を手に取った。
数字は、きれいだ。
過不足がない。
誤差が出ない。
差し戻しもほぼゼロ。
それ自体は歓迎すべきこと。
だが――
「処理経路は?」
「すべて後方管理室を経由しています」
部下の言葉に、レオンはページをめくる手を止めた。
「以前と同じ経路か?」
「形式上は、はい。
ただし、処理時間が短縮されています」
「理由は?」
「明確な指示は見当たりません」
レオンは、帳簿を閉じた。
功績があるなら、
誰かが声を上げる。
王太子ならなおさらだ。
だが今回、
“誰がやったのか”が不明瞭だった。
「王太子殿下は、何と?」
「ご自身の方針が浸透した結果と」
部下は慎重に答える。
レオンは、小さく息を吐いた。
違う。
方針だけで、
長年の歪みは整わない。
「後方管理室の責任者は?」
「バルド・エインズ。
十年以上在籍している文官です」
「他には?」
「特に目立った人事異動は――」
そこで、部下が資料をめくる手を止めた。
「……一件あります」
「何だ」
「先月、文官が一名異動しています」
「どこから?」
「中央管理室より」
レオンは、視線を細めた。
「名前は?」
「リリアーナ・エルフォード」
その名を聞いて、
室内の空気がわずかに変わる。
「……あの?」
部下が小声で確認する。
「元・王太子殿下の婚約者です」
レオンは、表情を変えなかった。
噂は聞いている。
可愛げがなく、
冷静で、
厳しい判断を下す女。
そして、婚約破棄された。
「後方管理室で、何をしている」
「記録上は、通常業務のみです」
それが、余計に引っかかる。
通常業務で、
ここまで整うはずがない。
「功績の報告は?」
「ありません」
部下は、はっきりと言った。
「誰も、名乗っていません」
功績の行き先が、分からない。
それが、最も異様だった。
王宮では、
成果は必ず誰かの手柄になる。
ならないなら、
隠しているか、
あるいは――
「意図的に目立たないようにしている」
レオンは、静かに呟いた。
「どうされますか」
部下が問う。
レオンは、しばらく黙った。
王宮の仕組みは複雑だ。
だが、その中で“静かに整える”ことが出来る人間は、限られている。
「直接、確認する」
短く、そう言った。
「後方管理室へ?」
「ああ」
それは、視察という名目で十分だ。
大げさにする必要はない。
ただ――
「流れを見る」
レオンは立ち上がる。
数字が揃い、
赤字が減り、
差し戻しが消えた。
それは結果だ。
だが彼が知りたいのは、
その結果を生み出した“意図”。
後方管理室では、
今日も静かに帳簿がめくられている。
自分たちの名前が、
上層部の会話に出ていることなど、
まだ誰も知らない。
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