第20話 なぜか赤字が減っているらしい
王宮上層部の会議室は、いつもより静かだった。
「……今月の収支報告です」
文官が差し出した資料を、王太子は軽く受け取る。
数字を追う様子はない。
だが、側近たちの視線が、わずかに揺れた。
「赤字が、減っております」
「減っている?」
王太子は、興味を示したように眉を上げる。
「ええ。補給費関連の調整が、想定より順調で」
「そうか」
彼は満足げに頷いた。
「最近、私が厳しく指示を出しているからだろう」
会議室に、わずかな沈黙が落ちる。
誰も否定しない。
否定する理由もない。
数字は、確かに改善しているのだから。
「処理速度も、上がっています」
別の文官が補足する。
「差し戻しが、ほぼゼロに」
「当然だ」
王太子は椅子に深く腰掛ける。
「無駄を省けば、結果は出る」
その言葉に、
一人だけ、視線を落とさなかった男がいた。
軍務卿補佐官、レオン・ヴァレンティ。
彼は、資料のページを静かにめくる。
数字は確かに整っている。
だが――
「……整いすぎている」
小さく、呟く。
「何か?」
隣の文官が問いかける。
「いえ」
レオンは、資料を閉じた。
誤差が減ること自体は、歓迎すべきだ。
だが、
これまで数年かけても直らなかったズレが、
数ヶ月で自然に消えるはずがない。
しかも、
特定の部署に集中している。
「補給関連の処理経路を、再確認したい」
レオンは、静かに言った。
「再確認?」
「ええ。念のため」
王太子は、軽く手を振る。
「好きにしろ。結果が良ければ問題ない」
その言葉に、
レオンは表情を変えなかった。
――結果が良いからこそ、気になる。
会議が終わり、
廊下を歩きながら、彼は部下に指示を出す。
「過去三ヶ月分の補給処理記録を回せ」
「どこを中心に?」
「流れだ」
部下は一瞬戸惑う。
「数字ではなく、流れですか?」
「そうだ」
レオンは、短く答えた。
「数字は嘘をつかない。
だが、流れは“意図”を映す」
王宮の仕組みは、複雑だ。
だが、その複雑さには必ず癖がある。
今月の報告書には、
その癖が、妙に薄い。
誰かが、
静かに整えている。
「……誰だ」
レオンは、窓の外に視線を向ける。
王宮は今日も平穏だ。
赤字は減り、
処理は早くなり、
問題は起きていない。
だが、それこそが違和感だった。
数日後。
軍務卿補佐室に、資料が揃う。
「後方管理室経由の案件が、
最も安定しています」
部下が報告する。
レオンは、静かに目を細めた。
「後方管理室……」
そこは、
目立たない部署のはずだ。
功績が上がる場所ではない。
だが、
今、最も整っている。
「一度、見に行くか」
その決断は、
静かに下された。
後方管理室の誰も、
まだそのことを知らない。




