第19話 後方管理室の数字が、静かに揃い始めた
変化は、いつも小さなところから始まる。
それは歓声ではなく、
抗議でもなく、
ただの“違和感の消失”として現れた。
「……今月の補給報告、差し戻しゼロです」
午前中、ルークが驚いたように言った。
「ゼロ?」
バルドが眼鏡を押し上げる。
「確認しましたが、誤差もありません」
私は、何も言わずに帳簿を閉じた。
当然だ。
直すべき箇所は、直してきた。
目立たない形で。
流れを整える形で。
その結果が、今出ているだけ。
「……珍しいですね」
バルドは、小さく呟いた。
「ここ数年、必ずどこかで戻りがあったのに」
「たまたま、ではないですか」
私は、淡々と答える。
“たまたま”という言葉は便利だ。
理由を求めない空気を作る。
午後、別の部署から問い合わせが入った。
「処理が早くなった気がする」
それだけの内容。
苦情でも、称賛でもない。
ただの感想。
だが、それが意味するものは大きい。
流れが滞っていないということ。
滞りがなければ、
摩擦も起きない。
「……やっぱり、変わってますよ」
ルークが小声で言う。
「ええ」
「誰も気づいてないのが、逆に不思議です」
「気づかれないのが、理想です」
私は、静かに答えた。
目立たず、
誰かの手柄にもならず、
ただ、問題が起きなくなる。
それが、今の目標だった。
夕方、後方管理室に再び使者が来た。
今度は、少し形式が違う。
「軍務卿補佐室より、
過去三ヶ月分の処理記録を求められています」
室内の空気が、わずかに張る。
「理由は?」
バルドが問う。
「詳細は不明です。
“確認のため”とだけ」
私は、書類を受け取りながら、心の中で数を数えた。
一、二、三。
――早い。
だが、想定内。
「準備します」
私は、淡々と答える。
慌てない。
焦らない。
こちらにやましいことはない。
ルークが、緊張した声で言う。
「これ、僕たちの影響ですよね」
「影響というより」
私は、ゆっくりと資料をまとめながら言う。
「流れが整った結果です」
軍務卿補佐室が動くということは、
上層部が数字を見始めたということ。
だが、まだ“疑い”ではない。
ただの確認。
「……もう、気づかれますか」
ルークの問いに、私は少し考えてから答えた。
「気づく人は、気づきます」
「誰が?」
「見るべきところを、見られる人です」
それ以上は言わない。
名前も出さない。
夕暮れ。
後方管理室の灯りが、今日も落ちる。
表では、何も起きていない。
だが、数字は揃い、
処理は滑らかになり、
赤字は静かに減っている。
それは、
騒がれることのない成果。
そして、
気づくべき人が気づけば、
もう後戻りは出来ない変化だった。




