表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/30

第17話 新任文官は、私の経歴を知らなかった

 ルーク・フェリオは、最初から違和感を抱いていた。


 後方管理室に配属されたとき、

 ここは「目立たない部署」だと聞かされていた。


 だが、目立たないのは場所だけで、

 仕事の精度は異様だった。


 特に――リリアーナという女性。


 彼女は声を荒げない。

 命令もしない。

 自分の功績を口にすることもない。


 それなのに。


 数字が、合っていく。


 処理が、速くなる。


 現場からの問い合わせが、減る。


 それが偶然のはずがないと、

 ルークは気づき始めていた。


「リリアーナさん」


 その日の午後、彼は意を決して声をかけた。


「はい」


 彼女は、いつも通り穏やかに顔を上げる。


「これ……やっぱり、報告すべきじゃないですか」


 机の上には、誤差の記録が並んでいる。


 小さいが、無視できない数。


「このまま直していくだけだと、

 根本は変わらないと思うんです」


 リリアーナは、しばらく黙ってそれを見ていた。


「あなたは、正しいと思います」


 その言葉に、ルークは一瞬安堵する。


「じゃあ――」


「でも」


 静かに、言葉が続く。


「今、上に出せばどうなりますか?」


 ルークは、口を閉じた。


 王宮の空気は、彼も知っている。


 責任の所在。

 立場の保身。

 言い訳。


「……混乱、します」


「ええ」


 リリアーナは頷いた。


「そして、問題は“誰の責任か”にすり替わります」


 ルークは、拳を握った。


「でも、それじゃあ……」


「正義は、振りかざすと刃になります」


 彼女の声は、低く、しかし揺れない。


「以前、それで失敗しました」


 ルークは、そこで初めて彼女をまっすぐに見た。


「……あなたは」


 ふと、思い出す。


 王宮内で囁かれていた噂。


 元・王太子の婚約者。

 冷酷な悪役令嬢。

 仕事で人を追い詰める女。


 けれど、目の前にいるのは、

 怒りも誇りも振りかざさない、

 静かな文官だった。


「……どうして、ここにいるんですか」


 思わず、口からこぼれる。


 リリアーナは、少しだけ目を細めた。


「その質問には、長い答えが必要ですね」


 けれど、それ以上は語らない。


「今は、この流れを整えましょう」


 そう言って、帳簿に視線を戻す。


 ルークは、息を吐いた。


 自分が焦っていることを自覚する。


 正しいと分かったら、

 すぐに直したくなる。


 それが、若さなのかもしれない。


「……分かりました」


 彼は、静かに頷いた。


「でも、僕は記録を続けます」


「それは大切です」


 リリアーナは、否定しなかった。


「いつか必要になるかもしれませんから」


 その言葉に、

 ルークは背筋が伸びるのを感じた。


 彼女は、諦めているわけではない。


 戦っていないわけでもない。


 ただ――

 戦い方を選んでいる。


 その日の夕方。


 ルークは、ふと思った。


 もし、彼女が本当に悪役令嬢だったのなら。


 今ごろ、王宮はもっと騒がしく、

 もっと不安定になっていたはずだ。


 けれど現実は逆だ。


 静かに。

 確実に。

 数字が整っていく。


 後方管理室の灯りが消える。


 ルークは最後に、リリアーナの背を見た。


 あの人は。


 ――本当に、ここにいるべき人なのだろうか。


 その疑問が、

 彼の中で、初めてはっきりと形になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ