第15話 見なかったことに出来ない性分なので
夜、王宮後方管理室の明かりがすべて落ちたあとも、
私の頭の中だけは、静まらなかった。
帳簿の数字。
書類の流れ。
引き継ぎの空白。
どれも、致命的ではない。
だが、確実に“歪んでいる”。
「……見なかったことに、出来ないわね」
小さく呟き、私は自室の机に向かった。
後方管理室では、仕事を持ち帰ることは推奨されていない。
けれど今夜は、どうしても整理しておきたかった。
紙に、簡単な図を書き起こす。
表の部署。
裏の部署。
その間を行き来する書類。
問題は、
誰かが“悪い”ことではない。
仕組みが、
人の都合に引きずられていること。
私は、ふと昔のことを思い出していた。
まだ、王太子殿下の婚約者だった頃。
王宮の会議室で、私は一度だけ――
強く、声を上げたことがある。
『この処理は間違っています』
資料を示し、
数字を示し、
論理的に説明した。
誰もが黙り込んだ。
間違いは、確かだったから。
けれど、その結果どうなったか。
責任者は更迭され、
現場は混乱し、
問題は「別の形」で再発した。
私は、正しかった。
けれど、
“正しいだけ”では、何も救えなかった。
それ以来、
私は知っている。
正義を振りかざすと、
人は守りに入る。
仕組みは、
より分かりにくく歪む。
「……だから、今回は違う」
私は、ペンを置いた。
今、必要なのは告発ではない。
裁くことでもない。
**流れを、変えること。**
ルークの顔が浮かぶ。
彼は、まだ若い。
正しさを信じている。
だからこそ、
ここで彼を前に出してはいけない。
私が矢面に立つのも、違う。
「……静かに、整える」
それが、今の最善だ。
翌日。
後方管理室に入ると、
いつも通りの静けさがあった。
「おはようございます」
ルークが、少し緊張した顔で挨拶する。
「昨日の件ですが……」
「ええ」
私は、先に口を開いた。
「今日は、数字ではなく“流れ”を見ます」
「流れ?」
「はい。
どこで止まり、どこで戻ってくるか」
私は、帳簿を数冊、別の棚から引き出した。
「直そうとしなくていいんです。
まず、知りましょう」
ルークは、少し意外そうな顔をしてから、頷いた。
「……分かりました」
午前中は、
修正を一切しなかった。
誤差を見つけても、印をつけるだけ。
誰にも知らせない。
ただ、
“同じ動き”を探す。
昼過ぎ、
私は確信に近いものを得ていた。
これは、
誰か一人の問題ではない。
王宮が、長い時間をかけて作ってきた、
“楽なやり方”の結果だ。
「……やっぱり」
私は、小さく息を吐いた。
見なかったことに出来ない性分は、
たぶん、一生変わらない。
けれど。
見つけたからといって、
すぐに壊す必要はない。
静かに、
誰にも気づかれないように、
整えればいい。
それが、
私が選んだやり方だった。
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