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第12話 悪役令嬢は、ここでは普通の文官です

 後方管理室で過ごすようになってから、数日が経った。


 特別な出来事はない。

 誰かに呼び出されることも、注目を浴びることもない。


 ただ、仕事があり、

 それを淡々とこなす日々が続いている。


「……あれ?」


 朝、ルークが小さく声を上げた。


「どうしました?」


「いえ、この案件なんですが……」


 彼は書類をめくりながら、首を傾げている。


「以前なら、上に確認を取らないと進められなかった内容なのに、

 今回は、もう判断できる材料が揃ってるなって」


 私は、彼の手元を覗き込んだ。


「前回の修正が、きちんと残っているからですね」


「あ……本当だ」


 過去の記録が整理され、

 必要な情報がすぐに引き出せる。


 それだけで、仕事はずいぶん楽になる。


「後方管理室って、地味ですけど……」


 ルークは、少し照れたように言った。


「ちゃんと積み重なっていく感じがします」


「ええ」


 私は、頷いた。


 ここでは、

 誰かの一声で状況がひっくり返ることはない。


 積み上げたものは、

 きちんと、積み上げたままだ。


 昼過ぎ、管理室に一人の文官が訪れた。


 表の部署からの応援要請だ。

 珍しい。


「後方管理室の方に、少し確認を……」


 彼は、私の顔を見ると、一瞬だけ言葉を詰まらせた。


 ――ああ。


 思い出したのだろう。

 私が、元・王太子の婚約者だったことを。


 その視線に、

 以前の私なら、胸がざわついていたかもしれない。


 けれど、今は違う。


「ご用件は?」


 私が、淡々と尋ねると、

 彼は慌てて書類を差し出した。


「この補給計画について、

 過去の処理を確認したくて」


「分かりました。こちらで確認します」


 それだけで、会話は成立した。


 肩書きも、噂も、関係ない。

 必要なのは、仕事だけだ。


 確認を終え、書類を返す。


「助かりました」


 文官は、そう言って頭を下げ、

 すぐに去っていった。


 それを見送ってから、

 私は、ふと気づく。


 今のやり取りで、

 私は一度も“元婚約者”として扱われなかった。


 ただの、

 後方管理室の文官として。


「……普通、ですね」


 思わず、口からこぼれた。


「え?」


 近くにいたルークが、聞き返す。


「いえ。何でもありません」


 私は、少しだけ笑った。


 悪役令嬢。

 王太子の婚約者。

 可愛げがない女。


 そんな呼び名は、

 ここでは、どれも意味を持たない。


 私は、ただの文官だ。


 それが、

 こんなにも楽だとは思わなかった。


 夕方、机を片づけながら、

 私は静かに思う。


 ここでは、

 誰かの期待を背負わなくていい。


 誰かの理想像を演じなくていい。


 仕事をして、

 必要とされて、

 それで終わり。


 悪役令嬢は、

 ここでは普通の文官です。


 それだけのことが、

 今の私には、十分だった。


 ――そして。


 その“普通”が、

 やがて王宮全体を揺らすことになるとは、

 まだ、誰も知らない。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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