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第11話 「それ、助かります」と初めて言われた日

 後方管理室での仕事にも、少しずつ流れが生まれてきていた。


 誰かが声高に指示を出すことはない。

 けれど、必要なことは自然と共有され、

 各自が自分の役割を理解して動いている。


 私は、その流れの中に、静かに身を置いていた。


「リリアーナさん」


 昼前、ルークが控えめに声をかけてくる。


「この案件なんですが……」


 差し出された書類は、地方補給拠点からの問い合わせだった。

 内容は単純だが、過去の契約が絡んでいて分かりにくい。


「少し、時間がかかりそうですね」


「はい……正直、どこから手をつければいいのか」


 私は書類を受け取り、ざっと目を通す。


「ここは、過去三年分だけ確認すれば十分です」


「三年分だけ?」


「はい。それ以前の契約条件は、すでに失効しています」


 そう言って、該当する記録の棚番号を伝える。


 ルークは、目を丸くした。


「そんなふうに切っていいんですか?」


「全部を見る必要はありません。

 “影響する範囲”だけを見ればいいんです」


 それは、私が以前から意識しているやり方だった。


 すべてを抱え込まない。

 必要なところだけを、正確に。


「……なるほど」


 ルークは何度も頷きながら、書類を抱えて戻っていく。


 しばらくして。


「リリアーナさん!」


 少し弾んだ声で、彼が戻ってきた。


「ありました! 契約更新の抜けていた部分!」


「よかったですね」


「はい! 本当に……」


 そこで、彼は一瞬言葉に詰まってから、

 はっきりと言った。


「それ、助かります」


 その一言に、胸の奥が微かに揺れた。


 助かります。


 成果を誇張する言葉でも、

 立場を持ち上げる表現でもない。


 ただ、

 “今、この瞬間に役に立った”という事実。


「……どういたしまして」


 そう返すまでに、

 ほんの一拍、間が空いた。


 自分でも気づかないほど、

 その言葉が、久しぶりだったのだ。


 午後、責任者のバルドが近づいてくる。


「リリアーナ殿。

 先ほどの補給拠点の件ですが」


「はい」


「処理が早かった。現場が助かったそうです」


 報告というより、事実確認。


 私は、軽く頷いた。


「それなら、よかったです」


 それ以上、何も続かない。

 称賛も、評価もない。


 けれど、

 それで十分だった。


 以前の私なら、

 “もっと評価されるべきだ”

 と、どこかで思っていたかもしれない。


 でも今は。


 誰かが困っていて、

 それを解決できた。


 それだけで、

 仕事は仕事として完結している。


 夕方、机を片づけながら、

 ふと気づく。


 胸の奥にあった、

 小さな棘のようなものが、

 少しだけ、丸くなっている。


 誰かに必要とされたい、

 評価されたい、

 そう思う気持ちが、完全に消えたわけではない。


 けれど。


 無理に証明しなくてもいい。


 誰かの期待を背負わなくても、

 私は、ここにいていい。


 その感覚が、

 少しずつ、確かなものになっていた。


 後方管理室の一日が、終わる。


 今日も、派手なことは何もなかった。


 ただ、

 「助かりました」と言われただけ。


 それなのに。


 帰り道の足取りは、

 昨日より、ほんの少しだけ軽かった。


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