第105話 静かな反発
人の声が戻ってきていた。
王都の市場。
開いた店。
行き交う人。
値札が並び、呼び声が上がる。
止まっていたものが、動いている。
それは確かに、回復だった。
だが。
「高いな」
男が呟く。
「前よりはマシだ」
隣の女が答える。
笑ってはいない。
安心でもない。
ただ。
動いているだけだ。
リリアーナはその光景を見ていた。
視察。
だが実際には、確認だ。
何が戻り、何が戻っていないか。
パン屋の前。
小さな列。
並んでいる。
だが短い。
買える者だけが並ぶ列。
「地方はまだです」
同行の役人が言う。
「流通は戻りつつありますが」
「価格差が……」
言葉を濁す。
リリアーナは頷く。
分かっている。
王都は持ち直す。
地方は遅れる。
構造上、避けられない。
だが。
避けられないからといって、
許されるわけではない。
その時。
「……あんた、役人か」
声がかかる。
振り向く。
男。
三十代前半。
日焼けした肌。
荷を担ぐ腕。
運送業。
カイ・ルーデル。
「ええ」
リリアーナは答える。
隠さない。
「王宮の者です」
男は少しだけ笑う。
「そうか」
一歩近づく。
「なら聞いてくれ」
周囲の空気が変わる。
人が少しだけ距離を取る。
「今は、確かにマシだ」
率直。
「でもな」
一拍。
「地方はまだ止まってる」
重い言葉。
「俺の仲間は、まだ仕事が戻ってない」
「運べるもんがねぇんだ」
事実。
否定できない。
リリアーナは黙って聞く。
「王は、ちゃんと見てるのか」
真っ直ぐな問い。
責めではない。
確認。
だが。
重い。
「見ています」
答える。
迷わず。
「ただ」
続ける。
「全てを同時には救えません」
正直に。
男は少しだけ目を細める。
「だろうな」
あっさりと。
理解している。
だが。
「でもな」
視線が強くなる。
「遅れてる側は、そう思えねぇ」
静かな言葉。
だが。
重い。
リリアーナは息を吸う。
そして。
「だからこそ」
言う。
「制度を動かしています」
「流れを変えています」
男は少しだけ考え、
「……時間がかかるな」
「はい」
「その間に潰れるやつもいる」
沈黙。
逃げられない。
現実。
「分かっています」
リリアーナは言う。
静かに。
「だから、急ぎます」
男は彼女を見る。
数秒。
そして。
「頼む」
それだけ言って、離れる。
背中が遠ざかる。
リリアーナはその背を見送る。
重い。
数字ではない。
人の重さ。
王宮。
報告はすぐに上がる。
王は静かに聞く。
「地方格差、拡大傾向」
レオンが補足する。
「表面は安定」
「内部は歪み」
第二王子が言う。
「長くは持たない」
沈黙。
王は窓の外を見る。
人は戻っている。
だが。
完全ではない。
「分かっている」
低い声。
リリアーナは一歩前に出る。
「対処は可能です」
王は振り向く。
「どうする」
「地方への直接流通枠を増やす」
「監査体制を使えば制御できます」
レオンが言う。
「資金はさらに圧迫される」
第二王子が言う。
「軍も削ることになる」
どこかを削る。
必ず。
王は静かに立つ。
そして。
「やる」
短い。
だが。
以前とは違う。
迷いがない。
その時。
別の報が入る。
「評議会、一部勢力が再編!」
空気が変わる。
「地方代表を中心に、新派閥形成」
来た。
静かな反発。
内部の動き。
リリアーナは思う。
やはり。
終わっていない。
むしろ。
ここからだ。
王は言う。
「構わない」
短く。
「来るなら受ける」
その声は静かだ。
だが。
確実に強い。
外は一時的に収まった。
だが。
内側は、これから崩れる。
ここから第9章が本格的に始まります。
外の戦いは一段落。
でも、今度は「内側」が動き出しました。
これが“統治の代償”です。
静かな反発ほど、厄介なものはありません。
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ここからまた一段、物語が深くなります。




