第102話 支える者
回廊の静けさが、やけに重かった。
先ほどの言葉が、まだ残っている。
――足りないな
その一言が、胸に刺さって離れない。
王は歩いている。
止まらない。
だが、速くもない。
重い。
確かに重い。
リリアーナは一歩後ろを歩く。
声をかけるべきか。
迷う。
だが。
今は違う。
逃げる場面ではない。
「陛下」
呼ぶ。
王は止まらない。
だが。
少しだけ歩幅が緩む。
「足りない、と仰いました」
正面から言う。
逃げない。
王は数歩進み、
やがて止まる。
背中越し。
「事実だ」
短い。
飾らない。
「時間もない」
「余裕もない」
「資源も足りない」
一つずつ、重ねる。
「そして」
一拍。
「私も、まだ足りない」
沈黙。
その言葉は、王としてではない。
一人の人間としての言葉。
リリアーナの胸が締まる。
ここまで来て。
それでも。
まだ足りないと認める。
その重さ。
「それでも」
彼女は言う。
静かに。
「進んでいます」
王は動かない。
「封鎖は揺らぎ」
「市場は戻り」
「内部も持っています」
一つずつ。
現実を示す。
「それは陛下の選択です」
背中が、わずかに揺れる。
「だが」
王は言う。
「崩れれば終わる」
正しい。
この均衡は脆い。
「はい」
否定しない。
「だから」
リリアーナは一歩前に出る。
並ぶ。
「一人で背負う必要はありません」
王の視線が、初めてこちらに向く。
強い。
だが疲れている。
「私は王だ」
「はい」
「責任は私だ」
「はい」
一歩も引かない。
だが。
「だからこそ」
言葉を重ねる。
「支える者が必要です」
沈黙。
長い沈黙。
王は彼女を見つめる。
「そなたは」
低い声。
「私を支えているのか」
問い。
だがその奥にあるのは、確認ではない。
恐れだ。
失うことへの。
リリアーナは迷わない。
「いいえ」
一度否定する。
王の目がわずかに揺れる。
「共に背負っています」
言い切る。
空気が変わる。
王の呼吸が、わずかに止まる。
「責任は陛下のものです」
「ですが」
「その重さは、分かち合えます」
静かに。
だが確実に。
「私はそのためにここにいます」
沈黙。
長い。
やがて。
王は目を閉じる。
そして。
小さく息を吐く。
「……そうか」
それだけ。
だが。
確かに軽くなった。
ほんの少し。
ほんのわずか。
だが確実に。
王は再び歩き出す。
今度は少しだけ速い。
「ならば」
低く言う。
「最後まで付き合え」
命令ではない。
頼みでもない。
確認でもない。
宣言だ。
リリアーナは頷く。
「当然です」
即答。
迷いはない。
その時。
遠くから足音。
使者。
「報告!」
空気が一変する。
「北方、最終条件提示!」
止まる。
ついに来た。
終わりの条件。
始まりの条件。
王は振り返る。
その目には、もう迷いはない。
「持ってこい」
短く。
だが。
その声は、今までで一番強かった。
ここが第8章の感情の山です。
王はまだ未完成。
でも、もう一人ではない。
ここから「決断」の回に入ります。
北方の最終条件、
そして王の最終選択。
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次話、決着に入ります。




