第10話 評価されない仕事は、こんなにも静かだった
後方管理室で過ごす時間は、驚くほど静かだった。
誰かに急かされることもない。
成果を報告するために言葉を選ぶ必要もない。
ただ、目の前の仕事を片づけていくだけだ。
それが、こんなにも心を落ち着かせるとは思わなかった。
私は今日も、古い帳簿の束を机に並べていた。
年代も部署もばらばらで、表では処理しきれなかったものばかりだ。
「……これ、いつの書類だ?」
ルークが首を傾げる。
「五年前の補給記録ですね」
「五年……?」
彼は思わず笑った。
「もう誰も覚えていない案件じゃないですか」
「だから、ここに来ています」
私は淡々と答える。
記録は、覚えていなくても残る。
問題は、人がそれを見るかどうかだけだ。
「でも……これを確認して、何になるんですか?」
ルークの問いは、素朴だった。
「今すぐは、何にもなりません」
私は正直に言った。
「ただ、後で困らないためです」
それだけの理由。
ルークは少し考えてから、納得したように頷いた。
「……なるほど」
午前中は、ほとんど会話もなく過ぎていく。
紙をめくる音と、ペンの走る音だけが、部屋に響く。
誰かのために見せる仕事ではない。
だから、無理に急ぐ必要もなかった。
昼休憩の時間になっても、誰も声を上げない。
「……あの」
バルドが、少し気まずそうに言った。
「昼にしますか」
「そうですね」
それぞれが簡単な食事を取り、
また自然に机へ戻る。
社交も、雑談もない。
だが、居心地が悪いわけではなかった。
午後、私は一つの帳簿を閉じ、修正案をまとめる。
大げさな報告書ではない。
箇条書きで、必要最低限。
それを、管理室の共有棚に置いた。
誰かが気づけば使う。
気づかなければ、そのまま眠る。
それでいい。
「……本当に、評価されないですね」
ルークが、小さく呟いた。
私は、少しだけ考えてから答える。
「評価される仕事は、誰かが見ています」
「ここは?」
「見ない前提の仕事です」
ルークは苦笑した。
「それ、損じゃないですか」
「そうかもしれません」
私は否定しなかった。
けれど。
「損でも、必要な仕事はあります」
その言葉に、ルークは何も言わなかった。
夕方、業務を終える。
誰かに成果を報告することもなく、
ただ、帳簿を戻し、机を整える。
廊下を歩きながら、私はふと思った。
かつての私は、
評価されることでしか、
自分の存在を確かめられなかった。
けれど今は。
誰にも見られなくても、
誰にも褒められなくても。
私は、ここで確かに役に立っている。
「……静かで、いいですね」
ルークが、しみじみと言った。
私は、頷いた。
評価されない仕事は、
こんなにも静かで、
こんなにも、心をすり減らさない。
――悪くない。
そう思えたことが、
何よりの変化だった。




