表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

第1話 当然のように、今日も私がやっていた

婚約破棄から始まります。


ですがこれは、

怒鳴り返す物語でも、

即ざまぁする物語でもありません。


静かに働くことを選んだ悪役令嬢が、

気づけば王宮の流れを変えていた。


そんなお話です。


溺愛はゆっくり進みます。

ざまぁは焦らせます。


どうぞ、最後までお付き合いください。

 朝の王宮は、いつも静かだ。


 正確には、人は多い。文官たちが廊下を行き交い、足早に書類を抱えている。けれどその喧騒は、どこか焦りを含んだ落ち着きのなさで、決して活気とは呼べないものだった。


 私は自室代わりに使っている執務机に座り、今日も淡々と書類に目を通していた。


 税収報告書。軍需物資の在庫表。地方領主からの要望書。

 すべて、王太子殿下の執務に回される前段階の資料だ。


 数字の齟齬を赤で訂正し、矛盾する内容には付箋を貼る。

 必要であれば、過去の記録を引き出して整合性を取る。


 この作業を始めて、もう何年になるだろう。


「……今年は、やけに誤差が多いわね」


 小さく呟いても、返事はない。

 そもそも、この部屋に私以外の人間はいない。


 誰かに確認を取ろうにも、ここ数日、私に声をかけてくる者はいなかった。

 忙しいのだろう、と最初は思っていた。


 けれど――


 廊下を挟んだ向こう側、王太子殿下の執務室からは、頻繁に人の出入りがある。笑い声すら聞こえることもあるのに、なぜか私のところだけが、ぽっかりと空白のように取り残されていた。


 まあ、いいか。


 私は視線を書類に戻す。


 どうせ、仕事が終われば呼ばれる。

 それが、今までずっとそうだった。


 私はリリアーナ・エルフォード。

 王太子殿下の婚約者であり――世間では、“悪役令嬢”と囁かれている存在だ。


 そう呼ばれる理由は、自分でも分かっている。


 愛想がない。

 社交が苦手。

 感情を表に出さない。


 貴族令嬢としては致命的だろう。

 特に、未来の王妃としては。


 けれど私は、その代わりに「出来ること」をやってきた。


 殿下が政務に集中できるように。

 判断を誤らないように。

 王宮が、滞りなく回るように。


 それが、婚約者としての役割だと信じていたから。


「リリアーナ様」


 ようやく声をかけられたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 若い文官が、どこか気まずそうに立っている。


「王太子殿下がお呼びです。至急、謁見の間へ」


 謁見、という言葉に、胸の奥が僅かにざわついた。


 いつもは執務室だ。

 それも、事前に内容を知らされる。


「分かりました」


 私は静かに立ち上がり、書類を整えた。

 机の上には、まだ未処理の束が残っている。


 ――後で、戻ってくる。


 そう思っていた。

 この時は、まだ。


 謁見の間には、思っていた以上に人が集まっていた。

 貴族たち、重臣たち、そして王太子殿下。


 殿下の隣には、見慣れない少女が立っている。


 淡い色のドレス。伏し目がちで、いかにも庇護欲を誘う佇まい。

 その存在を見た瞬間、胸のざわめきが、はっきりと形を持った。


 ――ああ、なるほど。


 殿下は私を見ると、わずかに眉を寄せた。


「リリアーナ。来てくれたか」


「お呼びでしょうか」


 私は一礼する。

 いつも通り、感情を抑えて。


 殿下は一瞬だけ視線を逸らし、それから告げた。


「最近、王宮の政務に混乱が生じている」


 その言葉に、周囲の視線が一斉に集まる。

 なぜか、私へと。


 混乱。

 それなら、原因はいくつも思い当たる。


 人員配置の変更。

 確認工程の省略。

 そして――私の裁量が、徐々に削られていたこと。


 けれど殿下は、淡々と続けた。


「その責任について、話し合う必要がある」


 責任。


 私は、初めてはっきりとした違和感を覚えた。


 ――それは、本当に私の役割だっただろうか。


 問いは喉まで出かけて、飲み込んだ。


 ここは、まだ。

 話を聞く場だ。


 そう、自分に言い聞かせながら。


 この時の私は、まだ知らなかった。


 この呼び出しが、

 “いつもの仕事の話”ではないことを。


 そして、

 私の日常が、ここで終わることを。


ここまでご覧いただきありがとうございます。


当面の間は、1日に3話を投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ