9.同居スタート
テレビを買った週の次の日曜日。私は取り急ぎ洋服などを持って、朔弥さんの家に行った。お母さんもついてくると言ったけれど、断って、朔弥さんの車に荷物を載せて移動する。いつでも帰ってこれる距離ではあるし、新生活は私たちだけで始めたかったから。
「わぁ。大きなお家ですね」
朔弥さんのお家は、帝都大学から徒歩数分のところにある古びた洋館だった。
「古いだけだよ」
と言った朔弥さんの背後には、蔦の絡まるレンガの外壁があった。
門を開けて、中に入ると、着物姿の女性が出迎えてくれた。
白髪交じりの髪を、しっかりと後ろで結んでいる。
学校の先生のような雰囲気の方だった。
「こちらが……」
朔弥さんが紹介する前に、彼女ははっきりとした口調で自己紹介をした。
「奥様、はじめまして。私、継宮家で家政婦をしております、花江と申します」
「はじめまして。よろしくお願いいたします」
『奥様』という言葉が耳慣れずに、居心地が悪い。
「この家には、僕と花江さんしか住んでいないから、気にしなくていいよ。花江さんは1階の端の――昔の使用人が暮らしていた部屋を使ってもらっている。凛さんには僕が使っている2階を使ってもらおうと思ってるんだ」
朔弥さんは私の手を引いた。
ごく自然につながれた手を見て、照れてしまう。
そうね、家の中でも、仲良く見えるように振る舞わないといけないものね。
手を握り返して微笑むと、花江さんはそれをじっと見つめた。
「荷物はすぐ運ぶけど。先週買ったテレビを入れてみたから、凜さんに見せたいんだ。――配線が通ってなかったみたいで、昨日、電気屋さんを呼んだんだよね、花江さん」
「ええ。映るようになってよかったです」
花江さんは表情をあまり崩さずに頷いた。
「――そんなわざわざ、ありがとうございます」
「映るようになったから、見てみて」
朔弥さんに手を引かれて、リビングと思われる広い部屋に足を入れると、古い洋館に不釣り合いな真新しいテレビが中央に置かれていた。
「奥様はこちらに座っていてください。お洋服などは、私が箪笥にしまっておきますね」
テレビの前のソファに案内されてしまう。
いくらなんでも。荷物の整理を花江さんと朔弥さんにさせて、自分はテレビを見る神経はないわ。
「自分でやりますので、大丈夫ですよ」
そう言うと、花江さんはとても心配そうな顔になった。
「――ですが、ご病気なのですから、無理をなさらない方が」
「簡単な家事程度なら、大丈夫です」
私はぐっと体の前で手を握って見せた。
「ですが」と困り顔の花江さんに笑いかける。
「今日のお昼は私が作りますよ。オムライスを練習してきたんです。朔弥さんの好物と聞いたので」
「仲が良い新婚夫婦」の気持ちで「ねえ」と朔弥さんに首を傾げると、朔弥さんは顔を輝かせた。
「それは楽しみだなあ」
「――卵が足りないかもしれませんよ」
花江さんは私たちを見比べて、困り顔をした。
「でしたら、いつもお買い物をされている場所を教えていただいてもいいですか?」
「はい……もちろん……」
歯切れの悪い様子の花江さんの肩をたたいて、朔弥さんが笑って言った。
「じゃあ、僕も一緒に行こう。まずは荷物を片付けてしまおうか」
案内された2階の部屋は、小さなリビングのようだった。
洋館によく合うデザインの洋風の箪笥と、鏡台などがある。
――ベッドはない。
「ベッドではないんですね。布団を床に敷くのでしょうか……?」
そう言って部屋を見回すと、朔弥さんが少し困った顔をして言った。
「寝室は別の部屋に――和室があるので、そちらに布団を敷いて寝ています」
花江さんが付け加えた。
「奥様のお布団も用意してありますよ」
……この感じは、寝室は朔弥さんと一緒ということよね。
朔弥さんを見ると、気まずそうに笑ってから手で何かの形を作った。
親指と人差し指を立てて……L……?
首を傾げると、もう片方も同じ形にして、私に見せた。
両手でL。LL計画の頭文字……そういうことですね……。
夫婦なのに別々の部屋で寝てたら、怪しまれちゃいますもんね。
私の視線に気づいて、花江さんが朔弥さんを振り返り、怪訝な顔をした。
「朔弥さん? 何をしているんですか?」
「いえ、何でもありません。――それではみんなで買い物に行きましょう」
朔弥さんはあたふたと手を下げて誤魔化すように言った。
「あははははっ」
私はつい笑い声を立ててしまう。
「――仲が良さそうですね、お二人は」
ずっと厳しい顔をしていた花江さんが少し、相好を崩した気がした。




