3.形だけの結婚
「継宮くんは、普段は研究を中心にやっているが、難しい手術の執刀医もこなしているんだ。執刀のデビューが華々しくてな。研修中のころに立ち会った手術で、主任執刀医が手が震えて切れなかった疾患を、『このままじゃ患者が死ぬから自分がやる』と継宮くんが代わりにやったんだってな」
先ほどから、森崎さんが継宮さんの華々しい経歴を大きな声で話している。
私は継宮さんに視線を向けた。
目があった継宮さんは、気まずそうに微笑んでお茶を飲んだ。
「――私は、このあたりの生まれなのですが、継宮さんのお宅の奥様は、皆さん若くして亡くなられていると聞いておりまして、それは……」
お母さんが意を決したように聞いた。
先ほどまで、「がはは」と大きな声で笑っていた森崎さんは一瞬真顔になり、それからまた笑って言った。
「――確かに、継宮くんの母親はお若くて亡くなっているが、病気だっただけですよ、お母さん」
けれど、私はその直前、継宮さんが何か言おうと口を開きかけたのを見ていた。
……なんだか、このお見合いの席はやっぱり変だわ。
継宮さんのご家族ではない、森崎さんばかりが張り切っている。
継宮さんが望んでの場なのかしら。
私はふと、窓の外を見た。
小春日和の透き通った青空に、薄いピンク色の早咲きの桜の花が映えていた。
綺麗。
せっかく素敵な料亭に来たというのに、ゆっくりと外を見る空気じゃないわね。
……こんな景色、あと何度見られるかもわからないから、しっかり心に焼き付けておきたいけれど。
そう思って視線をずらすと、継宮さんがぼんやりと同じように庭園を見つめているのに気が付いた。
「――少し、お庭を見に行ってみませんか?」
自然と言葉が口から出ていた。
継宮さんは驚いたように視線をこちらに向けた。
お父さんやお母さんや、みんなも驚いたように私を見る。
私も自分の言葉に驚いて、口を押えた。
「いいじゃないか! 若者同士、ゆっくり話をしてきなさい!」
森崎さんが「がはは」と笑って、継宮さんの肩を叩いた。
継宮さんは「……ぜひ、お願いします」と微笑んで立ち上がると、私に手を差し出した。
***
庭園に出ると、冷たい風が肺の中に入り込んできた。
ふと肩に温かい感触を感じた。紺色の肌触りのいいマフラーが肩にかけられている。
「寒くないですか?」
継宮さんが心配そうに私に声をかけた。マフラーは彼がかけてくれたようだ。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。気持ちがよいくらいです」
そう答えると、彼は安心したように微笑んだ。
「――何だか、騒がしくて申し訳ありません。今日は本当に来てくれてありがとうございます。急な話で驚かれたことでしょう」
「いいえ。こんな素敵なお店に来る機会なんてありませんから、とても楽しいです」
私は笑った。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
「ここ、予約をとるのも大変なお店ですよね。よく、予約がとれましたね」
「そうなんですか?」
「――ええ。テレビで、予約が半年待ちってやっていたのを見た記憶があります」
「――そうなんですね。すみません、僕の家にはテレビがないもので、そういうのには疎くて……。松家先生にご相談したら、このお店が良いだろうと」
私は微笑んだ。松家先生はこういうお店に詳しい印象がある。
世間の流行の店や、映画やそういったものが好きな、雑談好きな先生だったから。
「松家先生と親しいんですね。先生がいらっしゃって、びっくりしました。私、10歳の頃から数年、帝都病院に入院していたんですよ。先生はその時の私の主治医で」
「松家先生は僕の大学の恩師なんですよ。病院勤務をされながら先生もしていらして」
私は急に継宮さんに親近感を抱いた。
お互いに知っている人がいるというのは、一気に距離感が縮まる。
「先ほど、桜を見ていましたよね」
そう声をかけると、継宮さんは笑った。
「はい。とても綺麗だったので」
それから私に頭を下げた。
「外に誘っていただいて、とても嬉しかったです」
お医者様だというのに、とても謙虚な人だ。
「――どうして、私なんかとお見合いを?」
私の言葉に、継宮さんは口をつぐんだ。
「私が病気なのは、ご存じですよね。余命は、あと数年と言われてるのですが」
私は苦笑した。
――こんな、返事に困る様な言い方をして悪かったわ。
そう思って継宮さんを見ると、彼は真剣な表情と声色で言った。
「そんなことには、させません! ――【石心病】は治せるはずなんです」
「――え?」
【石心病】は治療法のない、不治の病と言われている。
生気を吸って大きくなる石の進行を遅くするため、薬を飲んで大人しくして暮らすしか対策がない――はずだ。
「――心臓の石が、生気を吸って大きくなるのはご存じですよね」
「……ええ」
「では、生気がなくなれば? ――具体的には、仮死状態。そのような状態になると、石はどうなるか? ――小さくなるんです」
早口の説明に、私はうなずくだけだった。
確かに、それは理に適っている。
「――ですから、身体を一定時間、そのような状態に置けば、石核を外科的に取り除くことが可能だと――僕は思っています」
力強い口調に、私は圧倒されてうなずいた。
「それは、希望のある話です」
「――僕は、その研究を、今しています」
継宮さんは声を落とした。
「僕の家は、少し――事情がありまして。結婚と子どもを急ぐようにと、周りに言われているんです。けれど、僕は子どもを作る気はありません――が、周りはそれを、了承してくれない」
「それで、病気の女性と結婚をしようと?」
私が聞くと、継宮さんは真剣な表情で私を見つめた。
「――あなたは、聡明な方ですね。失礼を承知でお願いさせていただきたい」
そして、頭を下げてから言った。
「僕と形だけの結婚をしていただけませんか」
「形だけ――?」
私は困惑して、彼を見つめ返した。
「僕は、30歳の年には死ぬ予定なんです」
「――どういうことですか? 継宮さんも、ご病気なんですか?」
「……そのようなものですね。ああ、でも、仕事をするのに困る身体ではありません。――けれど、あと2年のうちには、死ぬとわかっているんです」
私は黙り込んだ。
声色の真剣さ。嘘や冗談を言っている感じではない。
「――お医者様の継宮さんが、そうおっしゃるのなら、そうなのですね」
「……森崎さんや、周りの人間も、そのことを知っています。――それで、僕は結婚して、死ぬまでに子どもを作ることを求められているんです。――継宮家の血を絶やさないために」
「どういったお宅なんですか?」
「いろいろと、ありまして」
視線を落とした継宮さんは、息を吐いてから、私の両手を握った。
「けれど、あなたの病気を全力で治すつもりがあるのは本当です! 今のまま、研究を進めれば、僕が死ぬまでに、【石心病】を完治させる方法を見つけられるはずなんです!」
その真剣な声に、私は何を言っていいかわからず、黙り込んだ。
「――僕は、死ぬ前に、どうにか、それだけは成し遂げたいんです」
「――結婚をしないと、それはできない、ということでしょうか」
「――しないと、医師免許を失効させると言われています……」
継宮さんは呟いた。
私は言葉を失う。
「――何故、そこまで?」
確かに森崎さんは医師免許の認可をしている、厚生局の偉い人だ。
――けれど、そんなこと、ありえるかしら?
そこまでして、この人を結婚させたい理由は?
「僕も本当に『なぜ』と思うのですが。……このまま、治療法の研究を続けられれば、あなたの病気を治せると思っています」
継宮さんは『なぜ』の理由には答えず、そう言って私を見つめた。
さきほどの病気について語っていた内容から、この人は嘘は言っていないと思う。
こんな背景の事情を、私に話してしまうのも、誠実さの表れだろう。
私は継宮さんの手をとった。
「わかりました。――結婚しましょう」
「え?」
継宮さんは目を見張った。
「いいのですか? ――本当に?」
「ええ。このまま放っておいてもどうせ死ぬ身ですし」
私は微笑んだ。
「結婚はしてみたいと、思っていましたから。形だけでも、いいじゃないですか」
「……僕がした話は、あなたのお父様やお母様には黙っていていただけますか?」
「もちろん。話しませんよ。――継宮さんと私の、秘密ですね」
そう言って笑うと、継宮さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてから、はにかんだ。
「……面白い人ですね、あなたは」
――初めて、本当に笑ったわ。
私は桜の中に浮かぶ継宮さんの笑顔を見つめた。




