25.今はまだ、楽しい時間を
「朔弥さん、お疲れ様です。見てください。花江さんと一緒に作ったんですよ」
夕方、帰宅した朔弥さんのところに、新しい洋服に着替えさせたエミリー人形を持って行った。3着ほど洋服を作ったけれど、その中でも特に似合っていると思った、赤いビロード生地のワンピースを着せてみた。
「とっても、素敵になったなあ」
朔弥さんはエミリーを持って、そう言うと、不意に声色を変えて人形に話しかけた。
「やあ、エミリー。凛さんにお洋服を作ってもらって、良かったね」
それから、ぱっと私を見て、気まずそうな顔をする。
「……すいません、話しかける癖はなかなか消せなくて」
私はくすくす笑って、エミリーを持つと口調を変えた。
「いいえ、朔弥さん。家の中なら誰も気にしなくってよ。じゃんじゃん話しかけて欲しいわ」
朔弥さんはぽかんと口を開けてしまった。
「――口調がイメージと違いますかね」
『じゃんじゃん』は良くなかった気がする。
「いやいや。エミリーも凜さんが来てくれて、明るくなったんだね」
朔弥さんは微笑むと、荷物を置いた。
――食後、花江さんがお部屋に戻ってから、テレビをつけた。
毎日夕食後は朔弥さんとリビングでテレビを見るのが日課になっていた。
今日は音楽番組がやっている。
朔弥さんは「何がやっているのかよくわからないから」とチャンネル権を私に一任してくれるので、基本的には私が見たいものを見ている。
動物の特集何かがやっている時は、それを流すようにしているけれど。
「今日は、スサノオZが出るんです……、これでいいですか?」
朔弥さんは頷いた。
「どうぞ、どうぞ。僕も楽しみだ」
拍手とともに、スサノオZのメンバーがスタジオに入ってきた。
キラキラした銀色の衣装を着て、ローラースケートを履いたメンバーがくるくると回り始めると、朔弥さんは少しソファから身を乗り出した。
「――運動神経が良くて、カッコいいですね。僕なら転んでしまうなあ」
それから、メンバーの点呼を始めた。
「黒髪の彼がリーダーの『ケンちゃん』、少し長髪の彼が『ジュンくん』……」
くるりと私を振り返って、確認する。
「凜さんが一番好きなのは……『ケンちゃん』でしたよね」
「……え?」
一瞬の沈黙が生まれた。
実は、私が一番好きなメンバーは、茶色のやや長めの髪の毛が特徴の『ジュンくん』だった。
「――そうですね。ケンちゃんも好きですが、私はジュンくんが一番……」
「……え?」
今度の「え?」は朔弥さんだった。
少しの沈黙のあと、朔弥さんは髪の毛を掻いた。
「そうか。克也君が、前にケンくんが僕に似ていると言っていたから、てっきり……」
……私は噴出した。
朔弥さんは、私がケンくんが好きだから、外見で朔弥さんとのお見合い話を受けたとでも思っているのかしら。
「――朔弥さんが、一番カッコいいですよ」
そう言うと、朔弥さんは停止してから顔を真っ赤にして首を振った。
「――いや、彼らの方がカッコいいね。巷で人気のアイドルなんだから」
「なんですか、それは。朔弥さんも病院で人気のお医者さんじゃないですか」
「人気の意味が違うよ、凜さん……」
朔弥さんは頭を掻いた。
「ジュンくんは、ちょっとボケているというか可愛らしい人なんです。動物番組で子犬に囲まれる企画で、全部の犬に囲まれて見えなくなっちゃったりとか……そういうところは、ケンくんより、朔弥さんに似ている気がします。ケンくんは格好つけてる感じなので。そういう、ほっこりするところが好きですね」
早口でそう言うと、朔弥さんはぽかんと口を開けていた。
私はちょっと硬直した。つい熱を入れて説明してしまって、ひかれたかしら……?
「『好き』……」
朔弥さんの呆然としたような呟きに、
「ええと、ジュンくんのそういう……」
私は言い直して、朔弥さんを見つめた。
「朔弥さんの、そういうほっこりするところが、好きです」
言葉にした瞬間、胸が熱くなった。
視線を逸らすと、鼓動の音がやけに大きく耳に響く。
口から出してしまうと、もう自分の感情に名前がついてしまって、しっかりと心の中に居座っているのがわかった。
私は、朔弥さんが好きなのだ。
「――仮の夫婦関係というのは、わかっていますけど。困らせてしまって、すいません」
そう言うと、私の手のひらを、朔弥さんが上からぎゅっと握った。
「僕は、凜さんに、まだ話していないことが、あるんです」
朔弥さんは少し俯き、握ったままの私の手に力を込める。
「ずっと……話すタイミングを探していたんだ」
私は硬直した。花江さんの言っていた、継宮家の――『寿命を喰って生まれてくる、呪われた家系』という話に関係することだろう。
……けれど、私はまだ。まだ、このかりそめの夢みたいな朔弥さんとの日常を楽しみたいと思ってしまった。真実を知ってしまったら、夢から覚めてしまうような、そんな気がしたから。
握られた手に、そっと力を返す。この温もりを、もう少しだけ握っていたかった。
「……お話は、新婚旅行が終わってからにしましょう。楽しい時間を過ごしてから、ちゃんと聞きたいです」
朔弥さんは一瞬迷ったように私を見つめ、やがて小さく頷いた。
「ほら、次の曲が始まってしまいますよ」
私は朔弥さんの手を引っ張って、拍手の音が響くテレビに向き直った。




