24.隠していた事実
花江さんは、朔弥さんのお母様の透子さんのお母様。――ということは、朔弥さんにとっては、お祖母様――。
「――どうして、家政婦を?」
「……朔弥さんのお父さまにね、頼まれたのですよ」
「……朔弥さんは、ご存じなのですか?」
「……知らないと思います」
花江さんの言葉に、私は首を傾げた。
「私、この前、動物園に行った時に、花江さんから聞いたエミリー人形の話を朔弥さんにしたんです。その時に朔弥さん、『やっぱり』とおっしゃっていたので、たぶん、気づいてらっしゃるんじゃないかと、思うんです」
「あの子は、賢い子ですからね。なんとなく、気づいてはいたのかもしれないですね……」
花江さんは微笑んだ。
「透子とはね、結局、死ぬまで会えなかったんです。あの子が5歳の時に離婚してから、一度も会えていなかったんですけれど。朔弥さんのお父さんと結婚して、子どもができたという手紙をもらったんです。朔弥さんのお父さんに調べてもらって、私の居場所がわかったから、会いたいって」
花江さんは少し声を震わせながら、昨日のことのように話した。
「手紙に子どもは女の子って書いてあったものだから、それで私、エミリー人形を買って、会いにいったんですよね。そしたら、透子はもう、帝都病院に入院していて、会えなくなってしまっていて、そこで、私、初めて透子が石心病にかかっていたって知ったんです」
海外からの予約販売のみのエミリー人形は、とても高価だ。
私たちがベンジャミンを買ったあのデパートに、花江さんは1人で行って、エミリーを選んだんだろうか。うきうきとデパートで人形を選ぶ花江さんの姿が目に浮かんで、私は胸が締め付けられるような感じがした。
「それで、朔弥さんのお父さん――彰仁さんに、人形だけ預けたんです。彰仁さんは『子どもが生まれて、容体が安定すれば会えますよ』と言ったんですけれど」
花江さんの声色が低くなった。
「そんなの、嘘だったんです」
「――え?」
「透子が死ぬのはね、決まってたんですよ。――この家は、男の子しか生まれないし、生まれてくる子は、母親の寿命を喰って生まれてくる、呪われた家系なんです」
「――え?」
私は目を見張った。
「必死に調べたんですよ。ご近所の方にお話しを聞きこんだりしてね。彰仁さんには、6人の御兄弟がいらしたようなのだけれど――、全員、違う母親――それも、孤児だとか、病人だとか『死んでも問題がない』というような女性ばかり。――しかも、全員、出産時に、お亡くなりになっているんです。おかしいじゃないですか」
『継宮家の女は早死にする』という噂を聞いたことがあると、お母さんがお見合いの話の前に言っていたことを思い出した。
「いえ――、彰仁さんが普通の人だって、透子は出産で死んでいた可能性はありますし。私だって、見栄をはって、エミリーが届くまで待たずに、すぐにあの子に会いに行けばよかったんです。ついね、立派なプレゼントを持って行きたくなってしまって。――だけど、私は……」
花江さんは目じりの涙をぬぐうと、私の手を握った。
「私は、透子とこうやって、エミリーのお洋服を作ったりするのをずっと夢見てたんです。だから、凜さんとこうしているのがとっても楽しくて、――ありがとう、凛さん」
私はその皺皺の手を見つめて、何も言えなかった。
「でも、あなたには、この家から出て、実家に帰ってほしいと――残りの時間を、ご家族と過ごしてほしいって思うのだけれど――でも」
花江さんは苦笑した。
「最初はね、意地悪をしてどうにかあなたをご実家に帰そうかとも思ったんだけれど。朔弥さんと仲の良さそうな様子を見て、そんなことはできなくなってしまったわ」
「だから、私の母が家に来たときに、私の調子が悪いって言ったんですか……」
あの時、普段と違った様子でお母さんにそう伝えた花江さんの姿を思い出して、私は合点がいった。
「――あなたにも、お母さまにも、余計な心労をかけて、申し訳なかったわ……。ただ、お母さまの姿と私が重なってしまって――」
うつむいた花江さんに、私は本当のことを話した。
「――朔弥さんは、私と子どもを作る気は、ありませんよ」
私の言葉に花江さんは「え?」と顔を上げた。
「お見合いの時に、そういうお話でした。朔弥さんは30歳で死ぬから――それまで、お医者様のお仕事を今まで通り続けるために、形だけ結婚して欲しいと言われたんです」
「……そうなのですか」
花江さんはそれだけ呟いてから、何かが腑に落ちたように笑った。
「――あの子は、優しい子ですからね。そういうことでしたか……」
「でも――私、朔弥さんのお父さまやお母さまの話は、初耳です」
私は俯いた。朔弥さんの事情を知らなかったこと、話してくれていなかったことが悲しかった。
「――朔弥さんも、きっと、あなたに全てをお話しする機会を、探していると思います。あの子は、人を騙すなんて、できない子ですから」
花江さんは私の手を握った。
「私が、いろいろと話してしまったことは、とりあえず黙っていてもらえますか?」
「――もちろんです」
花江さんは「ありがとう」と頭を下げると、エミリー人形に向き直った。
「さあ、お洋服を綺麗にしてあげなくてはね」
その小さな背中は、もう“家政婦さん”の背中ではなかった。
ずっと朔弥さんを見守ってきた――私にとっての「お祖母様」の背中だった。




