2.お見合い相手
お見合いは翌週の日曜日に、街の中心部にある庭園付きの料亭で行われた。
お父さんの上司は私の返事を聞いて、「それでは、ぜひすぐに」とお見合いの席を用意してくれたようだ。
確か、ここの料亭は、予約だけでも半年待ちくらいじゃないのかしら。
車から降りた私は豪華なお店のたたずまいを眺めながらため息を吐いた。
こんなお店に来るのは初めてで、浮足立ってしまう。
ずっと家と病院の往復で、外食なんていつ以来だろうか。
私は自分の服装を見た。
結局行けなかったけれど、成人式にとお母さんが作ってくれた着物だ。
こんな風にしっかりと着飾って外出するのも、いつ以来だろうか。
「――変なところはないかしら」
そう聞くと、外出着の着物を着込んだお母さんが呆然とした様子で呟いた。
「全く。どこからどう見ても、素敵なお嬢さんだわ。――病気なんて嘘みたい」
それから、ハンドバッグからハンカチを取り出して目元をぬぐった。
「――こんな機会をいただいて、良かったわ――」
私は何とも言えない気持ちになった。
そう、こんな機会でもなければ、こんな風におしゃれをして、こんな素敵なお店に来ることは死ぬまでないかもしれない。
お母さんもお父さんもきっと、私の花嫁姿だって見たいだろう。
――もし、この話がうまくいけば、それだって叶うかもしれない――。
私はそんな感傷的な気持ちを隠す様に、お母さんに言った。
「克也も連れてきてあげたかったわね」
弟はさすがに今日は連れてこなかった。
「あんなやんちゃ坊主を連れてこられるわけないじゃない。恥ずかしいですよ」
お母さんは苦笑した。
克也は今日は友達と空き地で野球をしてくると、バットを担いで泥だらけの体操服で私たちより朝早くから家を飛び出してしまっていた。
「おおい、早くこっちに来てくれ。先方様はもういらっしゃってるみたいだ」
先にお店に行っていたお父さんが、門の前で立ち話をしていた私とお母さんを呼びに来た。
「もういらっしゃってるの! 大変!」
お母さんは慌てたように私の手を引っ張った。
――時間より、早く着いたはずなのに。
私は少しいぶかしく思ったになった。お相手の、この気合の入れようはどういうことだろうか。
見ず知らずの、余命少ない私のような、一般家庭の娘との見合いに、こんなに力を入れることなんて、本当にどういうつもりなのだろう。
店員さんは、お店の中でもひときわ良い部屋だと思われる、中庭に面した部屋へ私たちを案内した。お父さんが緊張した面持ちで襖を開けた。
「お待たせして、申し訳ございません……」
「いやいや、来てくれてありがとう、田城くん。その子が娘さんだね。いや、写真よりもずっと、別嬪さんじゃないか」
ニコニコと笑顔で私たちを迎えたのは、お父さんの上司の森崎さん。
――今回の、このお見合い話を持ってきた方だ。
同席するとは聞いていたけれど。
「なあ、松家先生」
お父さんの上司は、私のお見合い相手でもない人の名を呼んだ。
その名前に私は聞き覚えがあり、驚いて目を見開いた。
「あら、凛ちゃん。久しぶりねえ。綺麗になって……」
窓際に腰掛けた、安心感のある笑顔の、お母さんのような女性が微笑んだ。
「松家先生! ……お久しぶりです」
私はぺこりと頭を下げる。
松家先生は、私が小さい頃、帝都病院に入院していたころの主治医だった女医さんだ。
優しくて、ちょっとだけお節介で、でも誰よりも私の不安に寄り添ってくれた――私の「先生」だ。
小児科の先生なので、退院して自宅療養中心になってからはお会いしてなかったのだけれど。
「先生がどうしてここに……」
お母さんもお父さんも驚いているようだ。
先生は微笑んで言った。
「継宮先生がお見合いをされるって聞いてね、それだけでも驚いたのに……お相手が凛ちゃんだって聞いて、そりゃもうびっくりしたわよ。で、森崎さんに言われたの。『昔の主治医にでも顔を出してもらえば、ご家族も安心するだろう』って。それで、そんなことで役に立てるならと、つい引き受けちゃったのよ」
「――そんな、不安だなんて――」
お母さんは気まずそうに呟いた。
確かに、お母さんは、お相手の継宮さんのことを少し、気にしていた。
お母さんの言葉を思い出す。
『お相手の継宮さんのお家って、――奥様がみんな、若くして亡くなっているっていう噂を聞いたことがあるわ。何か、変なものが憑いている家なんじゃ――』
――そのことをお父さんは、森崎さんに相談した?
――それで、松家先生を連れてきたの?
私は驚いてしまった。
松家先生のお知り合いであれば、お母さんの不安はなくなるだろう。
お母さんはずっとお世話になった松家先生のことを、信頼しきっているから。
でも――何かしら、このお見合いにかける、意気込みは。
「大事な凛ちゃんのお相手のことですものね。気になるのは当たり前ですよ。けれど、継宮先生は、真面目で仕事熱心な、病院期待の若手先生であることは、私が保証しますよ」
困惑する私をよそに、先生にばんっと背中をたたかれて、男性がむせた。
お父さんの上司と、松家先生の間にはさまれた、姿勢よく座るスーツの男性。
スーツは写真と同じで借り物のようで、身体から浮いて見えた。
写真で見た、私のお見合い相手の、継宮 朔弥さん。
「――はじめまして、継宮 朔弥と申します」
朔弥さんはそう言って私を見ると、立ち上がった。
背が高いので、にょきっと木が生えるようだ。
そして私の前まで来ると、ポケットから名刺を出して、渡して、丁寧に頭を下げた。
「帝都病院の外科部で医師をしております。本日は、お会いできて嬉しいです」
「――田城 凛と申します――……」
名刺を持つ手が少し震えている。私は驚いて彼を見上げた。
目を合わせると、継宮さんは、びっくりしたように灰色の瞳を泳がせた。
写真では人形のような無機質な印象があったけれど、そこにいたのは、思いの外素朴な男性だった。




