19.実家への帰宅と、来週の予定
その週の週末、私は朔弥さんと一緒に私の実家へ、漫画本を取りに帰った。
お母さんを安心させるためにも、一回家に行った方がいいとは思っていたので、良いタイミングだった。
「私が余計な事を言ってお母さまを心配させてしまって、すいません」
花江さんがとても申し訳なさそうに、たくさんのお土産を用意してくれた。
「……『余計な事』って?」
車の中で、朔弥さんが大量のお土産を見ながら訝しそうな顔をしたけれど、私は首を傾げた。
「私が無理をしているように、花江さんには見えたのかもしれません。それをお母さんに伝えてくれただけですよ」
お母さんに『私が辛そうだ』と伝えた時の花江さんの様子は、いつもと少し違った気はしたけれど。
「そうか」と朔弥さんは頷いて、その話はそれきりでおしまいになった。
「まあ、まあ。継宮先生、いらっしゃい」
家に着くと、お母さんとお父さんは既に家の前に立って待っていた。
「お母さん、本を取りに来たわ」
「そう聞いてたから、まとめておいたわ」
自分の部屋に上がると、漫画はすでに段ボールの中にまとめられていた。
「ありがとう、お母さん」
そう言って話していると、お母さんの後ろからひょっこりと克也が坊主頭をのぞかせた。
「姉ちゃん、新しい家に漫画持って行くの?」
「違うわよ。病院に持って行くの。――そうだ、克也、持って行ってもいいわよね?」
克也がまだ読んでたりするのだったら、持って行くのは悪いけど。
「そんな子どもっぽいの、もう読んでないよ」
克也は自慢げに言った。何を自慢したいのかわからないけれど。
「――克也くんは、今、どんな漫画を読んでるんだい?」
横で段ボールから漫画を取り出してパラパラめくっていた朔弥さんが急に話しかけたので、克也はびっくりした猫のように飛び跳ねた。
「えと……、『嵐の星』と『ドカモリ』かな……です」
お母さんに何か言われたのか、朔弥さんに対する話し方が大人しくなっていて、私は思わず微笑んだ。
「ああ……両方とも、野球についての話だったよね。それは対象に入れてなかったから、読まなかったなあ。やっぱり中学生くらいの男の子は、そのあたりが好きか……」
朔弥さんは考え深そうに、ぶつぶつと呟いた。
「俺のおすすめは『嵐の星』だな。豪速球投手が肩を壊しても試合に出ようとするんだ。すげえカッコいいんだよ!」
朔弥さんに興味を持たれたのが嬉しかったのか、克也は元気に漫画の説明をしてくれた。
それから、お母さんの視線に気づいたのか、慌てて口を押えて言った。
「――貸そうっか……貸しましょう、か?」
おずおずと言った克也の手を、朔弥さんは掴んだ。
「ありがたい。読んでみるよ」
克也は嬉しそうに「じゃあ、とってくる!」と自分の部屋へ駆けて行った。
「――しかし、凛さんの部屋は本がたくさんあるんだね」
朔弥さんは私の部屋を見回しながら、言った。
部屋の四方は本棚で、まるで本屋さんのような部屋だとは自分でも思っていた。
「……お母さんが、いろいろと買ってくれたの」
毎回書店で新刊のチラシを持って帰ってきてくれて、〇をつけた本を買って来てくれた母の姿を思い出して、私は目を伏せた。
「児童書なんかも、たくさん素敵なものがあるんですけど、そちらももしよかったら、どうでしょうか?」
そう言うと、朔弥さんは「ありがたいな」と笑顔で頷いてくれたので、胸が温かくなった。
そのあと、私の家族と朔弥さんで夕食を食べて帰った。
食卓に降りると、お父さんが宅配のお寿司を食卓に乗せて、私に手を振った。
「凛の好きなマグロは別にしといたからな」
食卓には色々なお寿司の載った大皿と、マグロだけの真っ赤なお寿司が並んだ中皿が並べてあった。
「マグロ、好きなんだね」
朔弥さんがくすくすと笑ったので、私は赤くなる顔を押さえた。
「――いつもは、凜さんが僕のことを笑うことが多いけれど、こういう感じなのか」
確かに、いつもは私が朔弥さんの様子につい笑ってしまうことが多い。
「恥ずかしいものですね。すいません」
「いや、凜さんが好きな食べ物がわかってよかったよ。花江さんに伝えておくよ」
席につき、お寿司を食べる。ぱくぱく口に運んでいると、
「もう読んでない家の本を病院で読んでもらえるなんて、嬉しいわ。本屋さんの漫画売り場で、凛が〇をつけた本を探すのが大変だったのを思い出すわ。子どもの売り場をうろうろするのが恥ずかしかったけれど……」
とお母さんがしみじみと呟いた。
――あの本には、私と同じくらい、お母さんも思い入れがあるのだろう。
「――数年ぶりにね、病棟に行ったんだけど。私がいたころと、全然変わってたんだよ。壁新聞があったりね、花壇も患者さんがお世話してるんだって。朔弥さんがいろいろと提案をしてくれたみたいなの」
病棟の中がどんな風に変わっていたかの説明をお母さんは箸も動かさずに聞いていた。
「今日はご馳走様でした。本もありがとうございます。克也くんも、漫画を貸してくれてありがとう」
お父さんが荷物を車に入れてくれる。
朔弥さんは、克也に借りた野球漫画を小脇に抱えて、手を振った。
「ちょっと、凛、お土産渡したいから待って」
お母さんに呼ばれて、私だけ少し玄関に戻った。
お母さんは近くの洋菓子店で売っているクッキーの詰め合わせを私に持たせると、
「――お手伝いさんが『無理をしている』って言うから心配していたけれど、楽しそうで、本当に良かった」
ちょっと涙ぐんでいる。
「うん。とっても毎日楽しいのよ」
そう言ってお土産をもらってから、付け加える。
「いつも心配してくれて、ありがとう。でも、それなりにやっているわ、私」
そう言って、手を振ってから、助手席に乗り込んだ。お父さんが扉を閉めてくれて、片手を挙げた。
車が発車すると、見えなくなるまで玄関前に家族が立っているのが見えた。
「――明日は、家でゆっくりしようか」
「そうね。病院に持って行く前に、漫画を読み返してみようかと思います」
「僕も克也くんに借りたのを読まないと。――明日は読書会だね」
「朔弥さんと熱血野球漫画の組み合わせは、不思議ですね……」
「そうかな。野球は、心臓の藤巻先生がお好きで、医局で時々見ているから、一緒に見ることも多いんだよ」
夜道をドライブしながら、話は止まらない。
「エミリーのお相手は、いつ探しに行きます?」
「来週末にしようか。――ついでに、動物園にも行かないか? 凛さん、まだ『パンダを見たことがない』と言っていたから」
「デパートの近くですもんね。行きたいです!」
明日も、来週も楽しみでワクワクする。明日が来ることが待ち遠しいことがあるなんて思わなかった。
――その夜は、ぐっすりと眠れて、夢も見なかった。




