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余命少ない私は、“命喰らい”の異能のお医者様と契約結婚しました。  作者: 夏灯みかん
【3章】新生活の日々

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15.エミリー人形にお相手を

「あちらが、朔弥さんのお部屋ですよ」


 広い大学病院の中を花江さんの後をついて歩いて行く。

 私は患者として長い間この病院のお世話になっていたけれど、職員側の施設に足を踏み入れるのは初めてなので、新鮮な気持ちがする。


「あそこですね」


 私は『特任准教授とくにんじゅんきょうじゅ 継宮(つぐみや)』と書かれた札の下がった部屋を指さした。

 扉をノックしたけれど、返事がない。


「『不在』の札がなければ、中にいらっしゃると思うんですけどねえ」


 確かに。几帳面な朔弥さんは部屋を留守にするならば、きちんとわかるようにしてそうだ。

 ドアの横には黒電話が据え付けられていて、長いコードが壁をつたっている。磨き込まれた木の床と、すりガラス越しのぼんやりした光が、ここが病院の職員区画だということを静かに告げていた。


「入ってしまっていいですよ」


 花江さんがそう言ったので「失礼します」と扉を開けた。


 中では……クッションのひっくり返ったソファの上に、鞄の中身が散乱していた。

その真ん中で、エイミー人形を両手で抱えた朔弥さんが、探偵のような口調で、


「……これは事件かもしれない」


 と話しかけている。


 その真剣な表情と人形の組み合わせが、あまりにも可笑(おか)しくて――同時に、どこか胸が温かくなって、私は思わず笑い声を漏らした。


「ふふふふふ」


「り、凛さん……? 花江さんも?」


 朔弥さんは驚いたように顔を上げると、さっとエミリーを背後に隠した。

 顔が赤くなってる。


「書類をお忘れだったので、届けに来たんです」


 私は朔弥さんに、忘れ物の書類を渡した。


「あっ、それ! 病棟に置く書架の購入計画書だ。探してたんだ……、助かったよ」


「『事件解決』ですか?」


 そう聞くと、朔弥さんは照れたように頭を掻いた。


「解決です。――松家先生に渡しに行こうと思ってたところで……、助かったよ」


「そうなんですか? 私、せっかく来たから、松家先生にご挨拶をしたいなと思ってたんです」


 私は病院前の和菓子屋で買った、『帝都大学せんべい』の箱を見せた。

 私が入院していた時だけれど、松家(まつや)先生はこのおせんべいが好きでよく食べていたのを思い出し、手土産にと病院に入る前に購入したのだ。


「あ、それ、美味しいよね。松家先生お好きだから、喜ぶと思うよ」


 朔弥さんは微笑んだ。


「忙しくて、近くで売ってるのになかなか買いに行けないと言っていたから」


「そうですか? 良かったです」


「今から、松家先生のところに行くから、一緒に行こうか」


「本当ですか? そうしましょう」


 ご挨拶に行くなら、朔弥さんも一緒に行ければ一番いい。


「――朔弥さん、エミリーは置いて行った方がいいですよ」


 花江さんに言われて、朔弥さんはエミリー人形を手に持っていたことに気付き、あわてて棚に座らせて、自然に言った。


「じゃあ、ちょっと松家先生のところに行ってくるよ、エミリー」


 それから、はっとしたように私を見て、恥ずかしそうに床にしせんを落とした。


「……すいません、話しかけるのが癖になってて……」


「ぜんぜん、気にしてないですよ。行ってきますね、エミリー」


 私もひらひらと、赤いエプロンワンピースの人形に手を振ってみた。


「朔弥さん、ご結婚されたのですし、エミリーを病院に持って行く必要もないのでは、ありません?」


 教授室を出たところで、花江さんが少し言いにくそうに朔弥さんに声をかけた。


「――何だか、ずっと持ち歩いていたせいで――持って来ないと、怒られるような気がして」


 朔弥さんは叱られた学生さんのように頭を掻いて言った。


「怒られる――? エミリー人形にですか? 人形は怒りませんよ」


 怪訝そうな花江さんに、朔弥さんは困ったように笑った。


「いえ、まあ、そうなんですけど」


 ――なんだか、朔弥さんと花江さんは雇い主と家政婦さんというよりは、保護者と子どものようだわ。小さい頃から面倒を見てもらっていると、そういう間柄になるのかしら。


 家族がいないと言っていた朔弥さんだけれど、花江さんはずっと彼を見守ってくれていたようで、私は微笑ましくなった。――と同時に、1つ、思いついたことがあったので口に出してみた。


「確かに、人形って魂があるように感じますものね。――でしたら、エミリーにもお相手をお迎えしてあげたら、どうでしょうか?」


「お相手とは?」


「――男の子のお人形をです。朔弥さんは、私と結婚してしまいましたからね。エミリーも寂しいでしょうから」


 そう言うと、朔弥さんは立ち止まって、考え込んでから、頷いた。


「それは、いいアイデアに思う。うん」


「それでしたら――」


 花江さんが少し早口で口を挟んだ。


「エミリーシリーズの仲間に、エミリーのボーイフレンドの設定の『ベンジャミンシリーズ』というのがあるんですよ。そのエミリーは、クラシックエミリーですから、クラシックベンジャミンがぴったりですね」


「花江さん、人形にお詳しいんですね」


 そう言うと、花江さんは照れたように、でも少し寂しそうに笑った。


「――銀丸(ぎんまる)デパートの子ども売り場が、クラシックシリーズの正規取扱いを今もしていると思いますよ」


「――では、今度、お相手を探しに行ってみようか、凜さん」


 朔弥さんは、私を見て頷いた。



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