1.お見合い話
「凛、お前に見合い話だ」
お父さんはそう飛び跳ねるような勢いで部屋に入ってきたので、ベッドに座ってスケッチブックに絵を描いていた私は、驚いてベッドから転げ落ちそうになった。
「私に、お見合いのお話……? 何かの間違いじゃないかしら」
私は苦笑した。
だって、私は病人――しかも、あと数年生きられるか生きられないかの死にかけなんだもの。
私は【石心病】という、心臓がだんだん石になるという奇病にかかっている。心臓に突然【石核】という塊ができたのは、8歳のころ。この核は、心臓の中心に根を張るように広がって、少しずつ周囲を石のように固めていく。不思議なことに、痛みはほとんどない。けれど、じわじわと確実に、命を削っていく病。
心臓の石――石核は、人の活力を吸って大きくなると言われている。たいていは子どものころに発症・進行が急激に進む。何もしなければ5年程度、大人になることができずに命を落とすが、思春期の急激な進行を防げば、その後の病の進行はゆっくり・規則的になり、20代中ごろまでは生きられる。――私は今、22歳。10歳から15歳までは、ずっと入院して過ごしたけれど、現在は、服薬からも解放され、緩やかに死ぬのを待っている。
「間違いじゃないよ。しかも、お相手は、帝都病院のお医者様だ。年は28歳。お若いのに大学の特任准教授をされているとか」
「お医者様――?」
お医者様なら、なおさら、私のような病気持ちとお見合いをしようなんて思うかしら。
私はお父さんを睨んだ。
「私の病気のことは、お相手は知らないのでしょう」
「そんなことはない。知ったうえで、お前と会いたいと言っているんだよ。――お相手の継宮先生は、お母さまをお前と同じ【石心症】で亡くされているそうだ」
お父さんは語り掛けるように言った。
「――それで、病に苦しむお前の話を耳にして、気にかかったそうだ。お前の写真を見て気に入ったと。先生は私の上司――厚生省の森崎局長の旧友のお子さんだそうだ。森崎さんを通じてぜひお前に会いたいと、連絡があったんだよ」
私は黙り込んだ。『かわいそうに思った』――ですって。
どういうつもりなのかしら?
あまり、気分のいい話ではないわ。
『会うつもりはない』とお父さんに言おうと思ったけれど、次にお父さんが呟いた言葉に、私は自分の言葉を飲み込んだ。
「それにな、――これから先、万が一病気が悪化しても――お前のことを最期まで看てくれるっていうんだ。帝都病院に入院もできるそうだし」
直接は話さなくても、経済的な負担のことを言っているのだとはわかる。
私はベッドの脇に置いた、自分が描いた家族の似顔絵をじっと見つめた。
笑う両親と、今年中学2年生になる弟の克也。
私が病気になってから、大病院での検査や入院費用、学校に行けない代わりに雇ってくれた家庭教師など、お金ばかりがかかっている。
お父さんは国の役人をしていて、お給料は悪いわけではないけれど、私の医療費のせいで、家計は火の車だ。お母さんは一時期、病気が治癒するという変な壺を買ったりしていたし。
克也にだって、これからいろいろお金がかかるかもしれないのに、もう死ぬ予定の私にこれ以上、お金をかけてもらうのは忍びない。私はしばらく考えてから、呟いた。
「……わかったわ――会ってみる」
私がそう言うと、お父さんは嬉しそうに笑った。
「そうだ、会ってみろ。ほら、これがお相手の写真だ。継宮 朔弥先生。帝都病院で外科の先生をしているそうだよ。腕が良いと評判のお医者様だそうだ」
差し出された写真には、にこりともしない真顔でこちらを見つめる男性が映っていた。
借りてきたようなスーツに、手入れのされていない長い髪。
端正な顔立ちをしているのに、生気の感じられない――まるで人形のような瞳の人だった。
この人なら、いくらでもお見合いの話はあるでしょうに。
なんで私なのかしら。
その理由は、聞いてみたいと思った。
***
夕食の席、弟の克也はまだ学校で部活動。私とお父さんとお母さんが食卓を囲んでいた。 お父さんがお母さんに「凛はお見合い相手に会ってみるって」と話しかけた。お母さんは味噌汁をすくう手を止めて、不安そうに振り向いた。
「本当に?」
「――ええ、せっかくのお話だから、お会いしてみるわ」
そう言うと、お母さんは不安そうにお父さんを見た。
「あなた、だって、お相手の継宮さんのお家って、大学病院の近くにある洋館よね……?」
「そんな話だったな。お母さん、よく知ってるな」
「地元ですもの……あのね、あの洋館のお宅は――奥様がみんな、若くして亡くなっているっていう噂を聞いたことがあるわ。何か、変なものが憑いている家なんじゃ――」
「お前はまた『憑いている』だの、そんな物騒なことを言って。ただの噂だろう。継宮先生と言うのは、きちんとしたお医者様だと私の上司が言っているんだぞ」
お母さん、迷信とか気にするのよね。
祈れば私の病気が治るって壺を買わされてたし。
もちろん、壺じゃ病気は全然治らないし、今はその壺は花瓶になってるけど。
お母さんはご利益があるって信じてる。
私はお母さんを安心させるように笑って言った。
「お会いするだけ、会ってみるわ」




