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「ここがミカルアさんの家?」
「えぇ、まぁそんな感じです。」
部屋自体は広く2LDKくらいのサイズ感だ。
一室はミカルアさんの書斎のようで、書類なのか資料なのかの山が大量に出来ていた。
「そういえばこの家の隣にあったあの倉庫みたいなのってなんですか?」
「あぁ、あれは実験室です。大抵碌なことになってません…呼ばない限り入らないように。」
その碌でないことを思い出したのかため息をついている。
そう言われるときになってくるのが人間の性というものだ。
「碌なことってなってない、って何があったんです?」
「調合を間違えて全身が痒くなったり、数日間腹を下したり…。」
研究ならではだ、と頷いていると寝耳に水な言葉が飛んでくる。
「あぁ…巨大化実験のとき性欲増長してしまって、助手に襲われましたね。」
目をぱちくりと瞬かせ、思わず動揺してしまう。
短い時間でも理性的な人間だと思っていたばかりに、性的なものに振り回されて負ける姿が想像ができなかった。
「分かります?殺人犯が来たとかじゃない限り実験室には入らないように。実験で呼ぶことはありますけど」
再び念を押されて、ぼんやりと返事する。
私の脳は、襲われるミカルアさんのシミュレーションに駆り出されていた。
「俺で変なことを想像しないで下さい。追い出しますが?」
「へぇっ!?してません!」
「そんなに意外です?」
なんで分かるのか、ここに来てから常々思っている。
別に私はそこまで表情に出るタイプではなかったはずだ。
悩んで、諦めて聞いてみる。
「…どうして分かるんです?」
やっぱりそうじゃないですか、とミカルアさんはため息をついた。
言えるわけがないから当然だというのに、ミカルアさんは隠されることが嫌なのだろうか。
「貴方は非常に魔力が強いです。だからコントロールできないと全部感情が表に出てきます。」
「そして、想像していることに関しては目線から分かります。変な薬盛らないでくださいね。」
そんな変態みたいなことしてない、と声を上げて強く否定する。
「分かりました!分かりましたから、こっちにコップが飛んできてます!」
あぁ、またかと落ち着くと、コップが空中から落ちて割れる音がする。
水が零れた。
「はぁ、良かった…。危うく殺されるところでしたよ。」
「面目ない…」
「簡易的に魔力の制御法を教えましょうか…」
疲労を滲ませた声でそう言われて首を傾げる。
そんなに危ないのだろうか。
まぁ、教えてもらえるならそれがいいだろう。
「お願いします。」
「まず魔力は体内を血液とともに巡っていて主に脳で作用してます。」
根源から教えたほうが理解しやすいだろう、というミカルアさんの粋な計らいで説明から始まる。
手や足、胴体を含め、血液が流れているところからであれば魔力は漏れ出て動き回るという。
脳の魔指神経という魔力を反応させる神経が、反応を起こして具体化して出てきてしまう。
私の場合は、空気を動かしてしまって、風を吹かせたりものを移動させるのだろうと推測されると言う。
まだどうしてその反応になるかは分かっていないのだと。
「ひとまず魔指神経をコントロールする練習をしましょうか。」
「なにしたら心拍数が上がります?感情が高まればいいんですけど」
ミカルアさんはそう質問してくる。
そう聞かれて具体的に求められると困った。
まったくもって分からない。
まず激しい感情には何があるのか。
悲しみ、怒り、興奮、恐怖、羞恥、嫉妬…。
ミカルアさんのを想像した嫌悪が再び襲ってくる。
(想像した私馬鹿じゃん!)
「わっ!小さな竜巻起きてますって!」
「えぇ…っと、そのまま右側頭部に意識を向けて、熱く感じるタイミングで、エネルギーを全部手のひらに集めるようにしてください。」
言われたことを必死に脳で噛み砕く。
右側頭部に意識を向けていくと、急にブワッと身体が熱くなる。
まさか、比喩じゃなく直接肉体に変化があるとは思わなかった。
その熱を手のひらに…、ほぼ感覚だったが何故か成功した。
竜巻は収まった。
「結構感覚派ですね…、まさか伝わるとは。」
「その伝え方をしたのはミカルアさんでは…。」
「ついでに何想像したのかだけ聞いてもいいですか?竜巻が執拗に俺を狙ってきたので。」
魔力は悲しいくらいに正直なようで思わず目を逸らす。
ミカルアさんがまるで逃さないというように此方を見て逸らさないので、観念して正直に話す。
「ミカルアさんの襲われるのを想像しようとしたことを思い出して、恥ずかしさのあまり己に怒りが。」
せっかく勇気を出して白状したというのに、ミカルアさんはまたか、という表情だけだった。
ミカルアさんはそのまま視線を散らばった物に向けて、拾いだす。
慌てて私も手伝う。
「あぁ、それで。ひとまず魔力制御練習で空腹でしょうし、食事をしましょう。」
ミカルアさんは拾い上げたものを元の位置に戻して、キッチンに向かう。
作ってくれるんだ、とお礼を言おうとすると、ミカルアさんがインスタントラーメンのようなものを持ってくる。
てっきり自炊しているものかと思っていたので拍子抜けだ。
「どっちが良いです?辛いのと塩辛いの。」
「インスタント食品…?」
「自炊はしたことないですけど…食材も置いてないですし。」
そう言って机に2つとも置くと、ポットを沸かしに向かって行った。
私は机のカップ麺らしきものを観察する。
いわゆる、塩ラーメンと担々麺なんだろうか。
私は辛いものは食べれないため、塩味を手にとってパッケージを覗く。
原材料は知らないものもありつつも、殆どが見覚えがあるものだった。
「で、どっちが良いです?」
「じゃあー、塩で。」
そう答えると、お湯が指定の位置まで注がれた。
ミカルアさんは残りのカップ麺を棚に戻していた。
思わず食べないのか、と驚いて声に出る。
どうやら、ミカルアさんは普段から栄養補助食品だけで栄養を補っているらしい。
麺が柔らかくなるまで10分も待ち、5分掛けて完食した。
食事の時間より待ち時間が長いって何事だ、心のなかでそう悪態をつきながら容器を捨てる。
ミカルアさんは完全栄養食と名付いたクッキーとドリンクを摂取すると早々に去っていってしまっていた。
次の食事の時間まで、私はせめて身体が鈍らないようにと、室内で運動をして過ごした。




