CHAPTER 5 : Seed of Dissonance
スタンドの歓声がミラの耳を突きぬける。振動が全身に伝わり、マシンと一体となる。サイボーグであればGも感じず、反射神経も速度に追いつき、筋肉の痛みも感じずに済むであろう。
前方のサイボーグレーサーたちは、正確な位置取りでコースを攻略し、視覚ハックで敵のコースを歪ませる。上手くいけば敵マシンのコントロールを奪うことだってできる。ミラにはそれはできない。
しかし、そのどれもがイージスフィールドを使いこなすミラにとってただのノイズにしか感じなかった。
「エデー、調子いい、いける」
メカニックルームにいるエデーはわずかな違和感を覚えた。
イヤホン越しに聞こえるミラの声がやけに澄んで聞こえたのだ。まるで呼吸音がないようで、不気味だった。いつもならイヤホン越しでもわずかな息づかいが聞こえるはずなのに。
ーーー何故か、ある日の違和感が蘇った。
雨の降る日、普段は雨を嫌うミラの反対を押し切り、エデーの提案で雨天での練習を決行した。その日のミラはいつもより慎重で、ふだんの大胆さはまったく見られなかった。
「なんなんだよ、あいつ」
エデーは雨の日に決行した自分に対する、不貞腐れのような態度と思い、周回を終え戻ってきたミラに詰め寄ろうとした。しかし、帰ってきたミラはマシンから降りるやいなや、ヘルメットを外すことなく座り込んだ。結局その日は1日中、体調を崩したかのように肩をすぼめており、その姿は嵐に揺れるひ弱な苗木のようだったーーー。
レースは序盤の大きなカーブに差し掛かろうとしていた。
「ミラ、大丈夫か?」
「調子いいって聞こえなかった?」
淡々とした声でミラが続けた。
「問題ない」
エデーは手元のタブレットに目線を移した。さきほどから通常なら表示されるはずのミラのバイタルサインが「ー」表記のままだ。クロムテック製の端末が不具合を起こすことは以前にもあった。
新人だった彼女がテスト走行中に異常数値を記録した日、報告書を提出しようとすると、ファイルが社内システムから削除されていた。会社からの説明はなく、気にしなくて良いとのことだった。
モニターに出る「ー」表記を見つめながら、エデーはふと眉をひそめた。
なぜミラはクロムテックのスポンサーになれたのだろうか。生身の人間なんて話題作りにはもってこいかもしれないが、サイボーグ化を勧める企業が生身の人間を支援するなんて、普通おかしい。
本人は成績がよかったからとか、遠い親戚が勤めてるとか言っていたが、それでもやっぱり変だ。
そもそも契約のときもおかしかった。通常スポンサー契約には担当課があり、過去の成績などから熟考し選抜される。しかしミラの場合は上層部からのメールのみで決定したという。
ーー何かおかしい。
エデーはタブレットを伏せた。
レースの熱気が遠のいていく。
メカニックルームまで届く会場の歓声は、いつしか雑音に変わっていった。




