CHAPTER 3: Pulse of the Grid
ミラが練習に使用していたサーキット場から東に20kmほど離れた場所に、多くの国民が集う場所があった。直径3kmの巨大な円の形をした複層型サーキット場は、元々は軍需工場跡地であったが、サイボーグ技術の発展とともに役目を終え、現在はヴェルティゴ・ドームと名を付けた。
観客の最大収容人数は15万人で、ドームを半周するような形でメインスタンドが設置されている。当然、レース全体の様子を観ることは不可能なため、スタンド上部にドローン等が撮影した映像を投影するシステムとなっている。また多くの観客はスキャンアイのズームアップ機能を使用したり、各コースに設置された定点カメラにアクセスし、そこからの映像を直接脳に読み取ってゲームを楽しんでいる。
ゾルバンガ共和国では、10年ほど前からマシンレースが老若男女問わず圧倒的な人気を誇るようになり、年間を通してレースの話題で盛り上がっている。マシンは、各テクノロジー企業が開発したものを使用しており、実力のあるレーサーはスポンサーという形で各社と契約を結んでいる。そのため、大会は企業にとって自社製品の宣伝も兼ねた重要なものとなっている。
レースの見所は、なんといってもそのスピード感とサイボーグを使用した各種妨害行為にある。大会公式記録では瞬間最高時速は600キロを記録しているが、記録を出したレーサーはそのレース中に妨害を受け、命を落とした。スポンサー企業はその日のうちに株価が急落し、破綻寸前まで追いやられた。
ドームの歓声はバックヤードにいるミラも、振動とともに感じる事が出来た。本番前のメンテナンスは終了時間に近いことをアナウンスが告げた。
「これで大丈夫だと思う」
「思う?」
「いや、大丈夫だ」
「ありがとう」
ミラはエデーから今回のマシンのセットアップについてひと通りの説明を受け、最終チェックをした。
ミラが操縦するのは、国内メーカーのクロムテック製マシンで、その最大の特徴はセキュリティの強さである。クロムテックの特許「イージスフィールド」によりマシン周囲に微細な電磁波を張り巡らせ、システムハッキング、物理攻撃を無効化する。
クロムテック社は「イージスフィールド」シリーズを中心に各分野へ展開しており、ゾルバンガ政府や軍などもこれを採用している。
ミラが表に向かってマシンを引いて歩いていると、一人の男とすれ違った。
長髪をたなびかせ、鋭い目付きをしたその男は、いまやゾルバンガでその名を知らぬ者はいない。
ーーシデン 3年前からレースに初参加するやいなや、次々とタイトルを獲得。
昨年からはスコルインダストリア社がスポンサーにつき、世界最強知能とも言われるAIを搭載したマシンを手にした。
シデンはミラに目もくれず、コツコツと歩き、バックヤードの奥へと姿を消した。
会場のボルテージは最高潮に高まり、次々と入場するプレイヤーたちに拍手が送られていた。
ミラはその圧に押されつつも、指定されたスタート位置につき、その時を待つ。
大きく息を吸い呼吸を整え、目を瞑ると右耳のイヤホンから聞き慣れた声がする。エデーだ。大会では1人のメカニックを登録し、試合前のメンテナスから途中のアクシデントまで、全て対応することになる。そのため、各プレイヤーはスポンサー企業から派遣されたメカニックとペアを組むのが基本となる。
「緊張するか?」
「話しかけるな」
「無理すんなよ、それと上限の200キロは変わらないぞ」
「わかってるよ」
「いってらしゃい!」
キュイイイイイイイイイイイ
プレイヤーが一斉にマシンを起動すると、ドームは
けたたましいモーター音でいっぱいになった。
『3、2、1ーーGO』
爆音とともに、24台のマシンが一斉に飛び出した。
ヴェルティゴ・ドームが、まるで地鳴りのように揺れた。




