〜七夕の願い事〜タオさんの場合
「実里、晴樹先生の新刊、もう買ったの?」
学校から帰ったら、エリスさんに尋ねられた。
居間でカフカとくつろいでた彼女に、カバンの中から取り出した漫画を見せると、サムズアップを向けられた。
「グッジョブ」
「エリスさん、電子書籍版は買ってないの?」
「私、紙媒体で読みたい派なのよ」
言いたいことはわかる。
僕の場合は持ってる携帯電話がスマホじゃなくて、親戚にもらったガラケーだからって理由もあるけど。
そんな会話をしてると、僕の後ろから、エリスさんたちに向けて声がかけられた
「奇遇だな、私もだ」
「ん?」
エリスさんが僕の後ろを覗き込むようにして体を傾かせた。
僕が退いて、声の正体が見えたエリスさんが、少し驚いた声を漏らした。
「あら、いらっしゃい」
「君の家ではないだろうに。邪魔するぞ」
長身の美女タオさんが居間に入ると、それまで静かに漫画を呼んでたカフカが顔を上げた。
「いらっしゃい、タオさん。今日はどうしたんですか?」
「先日、君たちに頼まれていた物を持ってきたんだが」
そう言って、彼女は廊下の方へ振り返る。
そこには、部屋に飾れるサイズにカットされた竹が、台座に突き刺さって置かれている。
今日は七夕。
数日前、カフカとエリスさんが、タオさんにわざわざ連絡して、竹の入手をお願いしていたのを知ってる。
「そう言えばそうでしたね!」
「君のことだ。そうやって私をからかっているのだろう」
「どうでしょうか?」
ニコニコと笑うカフカに、タオさんは肩を竦める。
そんな二人を他所に、エリスさんは廊下の竹へと近づいて、嬉しそうな声を漏らしてた。
「おぉ、ついに来たわね!」
「少年、一応あそこに仮置きしているが、どこに飾る?」
「それじゃあ、庭に飾ります」
「わかった」
「じゃあ、私達は早速、短冊の準備をしましょう!」
「おー!」
こうして、僕たちは庭の方へと移動した。
二ヶ月くらい前に、僕、香乃実里は、『七大罪の力』の一つ、『色欲』を宿してしまった。
そのことを、不法侵入してきた天の住人を名乗るカフカに教わり、オペレーターになってくれた彼女と共に、『七大罪の力』を宿した他の能力者たちと出会い、戦ったりしてた。
憧れの人で『強欲』の円迎寺ラウラさん。
フランスからやってきた『傲慢』 のエリスさん。
ラウラさんの幼馴染で親友の、『怠惰』のリーシェ・オーエンさん。
とある神様から協力を得て『七大罪の力』を集めようとした『憤怒』のタオさん。
僕の幼馴染で親友で『嫉妬』の使い手である、マリア・シュヴァルツシルトちゃん。
そして、『七大罪の力』を諸事情で集めなくてはならなくなった『暴食』のカフカ。
天の住人側の事情とか、世界を終わらせる力を持つ超能力ということでバトル思考になってたラウラさんたちとか、それら含めてストレス限界だったカフカの暴走とか、色々あった。
けれど、どうにか全ての『七大罪の力』を集めて、カフカの故郷へと返すことができた。
その際に、カフカも天へと強制送還されたけれど、こっちに戻って来たがってたカフカを、彼女のお母さんが色々理由を付けて送り出してくれた。
それから、この七人で、超能力同盟を結成し、平穏に過ごしてる。、
一応、少し前に、『六道の力』っていう、『七大罪の力』に並ぶヤバい超能力関係の事件も起きたけど、この七人と仲間になってくれた『六道の力』の能力者、そして協力してくれた人たちのおかげで解決できた。
おかげで、今日の七夕も、無事に迎えることができた。
庭に設置された竹に、カフカと一緒に飾り付けをしてると、エリスさんから声がかかった。
「ラウラたち、もうすぐ来るってー」
「わっかりましたー!」
「じゃあ、皆が来たら、短冊を書いていこうか」
ひとまず、僕は飲み物と人数分の紙コップを取りに台所へ入り、お盆に全部載せて、庭へと戻った。
「エリスさん、お願いごとはもう決まっているんですか?」
「ええ!」
元気な二人を見守るタオさんが、竹の傍にテーブルスタンドをいつの間にか用意してくれてて、そこに短冊が入った紙箱と水性ペンを置いてくれてた。
「タオさん、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
お茶を注いだ紙コップをタオさんが受け取る。
艷やかで長い黒髪と、紅い瞳がとても印象的な、綺麗な人だ。
普段はスーツ姿だったりするけど、今日はワンピース姿だったので、ちょっと新鮮だった。
「タオさんは、何か願い事ってありますか?」
「ああ。私も後で書かせてもらおう」
微笑んで、タオさんは紙コップに口を付けた。
ふと、空を見上げる。
まだ明るい空に、少しだけ明るい月が浮かんでる。
織姫と彦星は、まだ見えないかな。
「少年」
唐突に、タオさんに呼ばれた。
「君は、ラウラ嬢と毎日会えているが、これから、場合によっては少しの間、離れなくてはならなくなるかもしれない。その時、君はどうする?」
確かに、進学とか、就職とか、色々あって、そういう可能性があるかもしれない。
それは、確かに寂しいけど、それで終わりじゃない。
電話やメールがあるから、というのもあるけど、僕とラウラさんなら、多分、週末とか、時間を作って互いに会いに行くと思う。
っていうか、ラウラさんが来ると思う。
一瞬で、『強欲』の力を使って。
もしくは、僕をラウラさんのいる場所に一瞬でワープさせると思う。
やっぱり、『強欲』の力、凄い。
でも、今のところ、僕とラウラさんは進路は同じだから、可能性の話、だけど。
そんなことを答えたら、タオさんは苦笑を漏らした。
「確かに、君たちなら超能力があろうとなかろうと変わらないか。いや、『七大罪の力』がある分、絆の強固さが増しているかもしれないな」
「そうだと、嬉しいです」
って言っても、『七大罪の力』はずっと個々人に宿して、地上に置いておけない。
ずっとバラバラにして放置してると、精神方面から世界を終わらせる「ハルマゲドン現象」なんて物を引き起こす。
だから、一ヶ月に一度、カフカが能力を天に数日、まとめて戻す期間が設けられてる。
その間は、超能力がなかった頃と同じように過ごすだけだ。
それでも、僕とラウラさんは、変わらない。
お互いに好きでいる、彼氏彼女の関係だ。
「カフカ、砂糖吐きそう……」
「強く意識を持ってください。そして絶対に私たちで勝ち取りましょう」
エリスさんとカフカが何か楽しそうだ。
その時、ふと、気になることがあって、タオさんに尋ねた。
「タオさんは、誰か会いたい人って、居るんですか?」
「ああ。居るぞ」
そう答えるタオさんの顔は、どこか遠くを見ているようだけど、口元には笑みが浮かんでる。
僕の中の『色欲』の力が、タオさんのその人にかける思いの強さを、何となくくらいの感覚で教えてくれた。
「もう、長い事、会っていないのだがな」
「大切な方なんですね」
「ああ。とても大切な人だ」
答えたタオさんの目が、とてもキラキラ輝いた。
それは、恋する人の目だって、わかった。
「心を読むなよ?」
「読みませんって」
僕の『色欲』のできることの一つに、読心がある。
でも、それを使うのは必要ある時だけだ。
それをわかってるから、タオさんも冗談めかして言ってきたんだろう。
普段は物静かな事が多いけど、たまにこうやってお茶目な面を見せてくる。
それだけ、信頼してもらえていると思うと、少し照れくさい。
「会えるといいですね」
「ふふっ、そうだな。まあ、今、会いに行っても、困られるだけかもしれないが」
珍しく気弱に零すタオさんの目が、少し寂しそうだった。
この人と出会った時は、僕たちの能力を狙う強敵だった。
でも、それは、僕たちを『七大罪の力』から遠ざけ、世界を救うための、優しさからくる行動だった。
事件解決後も、たまにこうやって会って、僕たちのことを見守ってくれる優しい人だ。
だから、タオさんが会いたい人に会えないのは、僕としても、悲しい。
「困られるかも。でも、会ってみたら、案外、喜ばれるかもしれませんよ?」
「それは、君とラウラ嬢みたいにか?」
「はい。そうでないことの方が多いかもしれませんけれど……」
僕の中の『色欲』が、僕の意思に反応して『愛』へと進化した。
そのおかげで、タオさんとその人との繋がりの強度とか、もし会ったらお互いにどんな感情になるのか、みたいなことが、何となくわかった。
そして、それを感じた直後、『愛』が『色欲』へと戻った。
カフカは気付いてるだろうけど、タオさんやエリスさんは気付いてないみたいだった。
「タオさんが会いに行ったら、きっと、とても喜んでくれると思います」
「……そう、だろうか」
「はい!」
頷いたら、頭を撫でられた。
「ありがとう。少し、勇気が出た。会ってみることにするよ」
「ええ」
後は、タオさん次第だ。
「しかし、今さらなのだが、住所がわからないんだ」
「え?」
「一応、名前と、神戸市に住んでいることはわかっているんだが、どこにいるか、何をしているのか、わからないんだ」
「そうなんですか?」
意外だ。
それくらいなら、もう掴んでるかと思ってた。
すると、カフカとエリスさんが名乗りを上げた。
「それなら、私も協力しましょう!」
「いいわね。タオの大切な人なんでしょ? 協力するわ!」
「私だけで探すよ。君たちが心配する必要はない」
「タオさん、私たちは同盟ですよ?」
カフカが胸を張った。
「タオさんの困っている時に助けたい。それだけです!」
「っていうか、余裕ぶってると、色々ヤバいわよ?!」
エリスさんが何か言ってるけど、何かヤバいことなんてあるかな?
いや、ないな。
「ありがとう。しかし、本当に大丈夫だ。何せもう二十」
「じれったいですね。ちょっと調べますね」
タオさんの言葉を遮ったカフカ。
多分、ううん、確実に『暴食』の力と、自身の本来の能力を使って、タオさんの探し相手を見つけるつもりなんだろう。
でも、
「……あれ? 見つかりませんね」
すぐにカフカは首を傾げた。
エリスさんもその隣で『傲慢』の力を使って探したみたいだけど、見つからなかったのか、首を横に振ってた。
「だから、いいんだ。探せないんだ」
「探せない?」
「ああ」
「え、何? 夏奈多が会えないようにしてるとか?」
「いや、彼女は関係ない。そうだな……しかし、話したくても、私も話せない」
「どうしてよ?」
「制約があるんだ。言えるのは、ここまでだ。でも、本当に大丈夫だ。その人はちゃんと生きてるし、今も神戸のどこかで幸せに暮らしている。だから、時が来れば、会える。その時に会う勇気を、今日、もらえた。それで十分だよ」
そう言ったタオさんは、楽しそうだった。
その時になったら、その人に会えることを、楽しみにしてるらしい。
織姫と彦星じゃないけど、長く離れていたっぽいタオさんと相手の人が会えるよう、後で短冊の一枚に書いて、笹に吊るした。
それから少しして、タオさんは探していた人と会えた。
ちょっと意外な相手だったけど、タオさんも、相手の人も嬉しそうだった。
その際に、僕の親戚の晴さんの友人の文睦さんという人が相手の人を見て、
「こいつ、本当に色々なところで縁、繋いできたんだなー」
って言ってた。
「久しぶりだねー、タオちゃん!」
「ああ、久しぶりだ」
タオさんは、これから好きな時に、好きな人に会いに行けるようになった。
あの時の短冊が願いを叶えたのかなって、ちょっとロマンチックなことを考えた、そんなある日だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
令和七年七月七日ということで、七夕っぽい題材で一つ短編をば。
会いたい人に会えるって、本当に良いなって思いながら作ってみました。
少しでも楽しんでいただけたのであれば、幸いです。
このお話に出てくる人たちは、拙著「ぎるてぃせぶん」のメンバー+αだったりします。
後、ガールズラブ要素は、最後のタオとタオの会いたい相手にかかってます。
ただし、恋愛的なラブなのはタオの方で、相手さんは親愛のラブ状態です。
文睦さんという方は、「この子かー、騎士団で可愛がられた子ー」とか後でつぶやいてました。