第3話 雑用は得意なんです③
「村の護衛ねぇ……」
帝国の証印が捺された依頼書を片手にガドワルドが溜息交じりに呟く。いつも陽気で穏やかな彼が渋い表情を浮かべているのを見る限り、その依頼書に対する不満と不信感は並々ならぬものがあるようだ。
深く下ろした巨大な腰が、小さな椅子を軋ませる。
時刻は夜更け。燭台に灯された揺らめく明かりの中、酒場へ集ったギルドメンバーとギルド長ポタロの影がテーブルに落ちる。彼らは帝国からの依頼書を囲んで話し合っていた。
「来るか分からねぇ魔獣から村を護れって言われてもなぁ……。しかもコレ、村の安全が確保されるまでって、期限が曖昧過ぎるだろ。下手したら月単位だぞ。しかも二人も寄越せってか」
昨今噂になっている魔獣襲撃事件。その余波がこのギルドにもやってきていた。
「その村だけじゃないぞい。あと他に三つの村に対しての護衛の依頼が来ておる」
「はぁ!?無茶言うなよ!俺達のギルドのどこにそんな依頼に割ける人員がいるってんだよ!」
マイルが吠えるのも無理はない。ただでさえ報酬が無きに等しい帝国の依頼を多人数で、それも何日にも渡って受けていたのでは『カロット』のように小さなギルドはたちまち経営不振に陥ってしまう。
それに、メンバーの日々の生活にも大いに支障をきたすことは間違いない。
「帝国の依頼だ。断るわけにはいかん。じゃがさすがに全部を受けていてはギルドが潰れかねん。とりあえず半分だけでもこなして帝国へ良い顔をしとくしかないじゃろうな……」
ガドワルドは重い溜息を吐き出しながら依頼書をテーブルに放り、マイルは舌を打ち床を蹴る。
帝国の横暴は今に始まったことではないが、それでも今回のは特に酷かった。帝国軍の仕事をこんな小さなギルドにまで丸投げされては堪ったものではない。
しかも護衛対象の村や町が全て帝国領であったことも、彼らの心の火に油を注ぐ結果となった。
「チクショウ……帝国の奴らいい気になりやがって……。俺に力があれば国王なんかぶっ殺してやるのに……!」
「マイル。あまり下手なことを言うでない。どこに帝国のスパイが潜り込んでおるかも分らぬのじゃぞ」
帝国への批判や暴言は最悪極刑に繋がる。言論を弾圧する帝国のやり方は非道ではあるが士気を削ぐのには効果的であった。
「……悔しいなぁ。おやっさん、何とかならねぇのかよ。このままじゃ俺達、飢え死にしちまうよ」
「今は耐えるんじゃ。こんな強引な支配は長続きせん。それは歴史が証明しておる。だから今は耐え、生き残る事が肝要なんじゃ。ワシもお前達には死んでほしくないからのう」
ポタロの言葉に皆は視線を伏せた。湧き上がる憤怒と怨嗟をポタロの情が抑えていた。
「で、どうすんだ?誰が行くよ。つっても、どうせ俺が行くことになるんだろうけどな」
「そうじゃのう……。依頼書にはギルドの中でも腕利きを寄越すよう記されておる。ガド、頼まれてくれるか?」
拒否権は無いんだろ。そう言いたげにガドワルドは肩を竦めた。ギルド一の実力者が出張るのだ。それなら残りの依頼に自分が選ばれても仕方ないかと弛緩した空気が漂い始める。
それを見計らい、ポタロがいつもの柔らかい表情で口を開いた。
「それでな。ガドのほかに後もう一人なんじゃが、これはジメド君に頼もうと思っておる」
「なに?それは本当か!」
顔に笑顔が戻るガドワルド。周りのメンバーも俄かに沸き立つ。中心から少し離れたところで成り行きを見守っていたジメドは、ずれていた眼鏡を掛け直し、猫背のままぺこぺこと頭を下げていた。
「内容自体は理不尽な難易度でもないからの。帝国の依頼を受けておけば後々心証が良くなるじゃろうし、実績作りにも丁度良いと思ってな。せっかくの機会だ。ガドから色々と教わってきなさい」
既に昼の時点でポタロからこの提案を受けており、ジメドは動揺すること無くこの命令を素直に受け入れた。
「何だよ!そういうことなら俺に行かせてくれれば良かったのによ!なぁ!ガド!俺と代わってくれよ!」
先ほどまでの態度が一変し、マイルは我こそがジメドとクエストに出向くのだと意気込んでいる。マイルだけではない。他のメンバーも無邪気に瞳を輝かせ志願した。
そこまで期待されても、と居た堪れない気持ちになるジメドを余所に、ポタロが手を叩く。
「ホイホイ。静かにしなさい。一応、危険が伴うクエストじゃからの。このギルドで一番強いガドに同行してもらうのが一番安全なんじゃ。今回は我慢せい」
「そりゃねぇぜ!俺だってガドに負けねぇぐらい強いんだぜ?」
その言葉を受け、ガドワルドは満面の笑みを浮かべながら立ち上がり、全身の筋肉を奮い立たせる。筋肉が軋む音すら聞こえてきそうなその熱量と威圧感にマイルは瞼を震わせ呆けた声を漏らした。
ガドワルドはオークである。如何に鍛えぬいた人間であろうとそもそものポテンシャルが違い過ぎるのだ。仰ぎ見るほどの巨体に剣を通さぬ分厚い皮膚。それでいて彼は肉体の鍛錬を怠らず、更に武術の心得もある。ただの人間が勝てる道理が無かった。
「決まり、じゃな」
その後、誰もジメドの同行相手に異を唱える者は居なかった。
―――翌日。
「それじゃ、行って来るぜ」
「い、行ってきます!」
屈強なオークと虚弱な少年の凸凹コンビはギルドの皆に見守られ、意気揚々と目的の村に向け出発した。
「あ~あ。行っちまったよ……。ジメドの奴、大丈夫かなぁ……」
坊主頭の冒険者、マイルが心配そうに小さな背中を見送っていた。
「ほっほっ。なぁに、大丈夫じゃ。心配は要らん」
ジメドの代わりに今日はポタラが掃除を務めるらしく、禿げた頭に薄い三角巾が巻かれていた。
「まぁ、ガドさんが一緒ならそこらの魔物が束になろうとどうってこと無いだろうけどさぁ」
「それもあるがの……。ジメド君、あの子はアレでも相当な修羅場を潜ってきておる。何かあってもきっとその経験が彼を助けるじゃろうて」
「修羅場……?アイツが?そうは見えねぇけどなぁ……」
「ほっほっほ」
まだまだだな。と、ポタロは喉を鳴らし目元を上げる。
「顔を見ればな、大体分かる。現にあの子が初めてこのギルドに来た時、ガドワルドの姿を見ても特別驚いた様子は無かったろう?」
言われてみれば。と、マイルは記憶を探る。
ジメドが初めて来た時、その人見知りな性格故か誰と話す時もあたふたしていたようだが、しかしそれはガドワルドと他のメンバーとで反応の差は無かった。
「あの子は強い子じゃよ」
「なら良いんだけどよぉ……。それでもやっぱり不安だぜ」
「なぁに、いざとなればワシが出向くさ」
「はっはっは。そりゃ良いな!それなら安心だぜ!」
年老いたギルド長の勇ましい言葉に皆が顔を見合わせ微笑んだ。
ポタロは老獪な笑みを浮かべ、曲がった腰を叩きながら棚のホコリを拭き取り始める。
かつては剣聖と呼ばれた男も今となってはただの老人。その曲がった腰と覚束ない足取りからは当時の面影を感じ取ることはできなかった。
―――――
「ジドくんやぁ。この後ワシの家もお願いして良いかのぅ」
「ジメドです……。これ終わったら行きますね」
「シメジくん。ワシの家の屋根の修繕お願いできぬかのう?ちと腰を痛めてな」
「あ、分かりました。昼から行きますね。あと、僕の名前はジメドです……」
とある辺境の片田舎。人口五十人にも満たないこの農村にジメドとガドワルドは派遣されていた。
若者は皆出稼ぎに出ているのか村は年寄りと女性ばかり。ジメドは労働力として重宝されており、今朝は草むしりに精を出していた。
働かせてみれば成程、このジメドという少年は何でもそつなくこなす。最初は訝しまれていた彼らも今ではすっかり村に溶け込んでいた。
「お~う、ジメド。調子はどうだ~?」
伐採した大木を肩に乗せたガドワルドが様子を見に来た。彼は今、木材調達の任に勤しんでいる。
この村に来て三日。結局ジメドはここでも雑用に精を出しているのであった……。
「ジメジメく~ん」
「はいはい今行きます!あと、僕の名前はジメドです!!!」




