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スレイブズ  作者: まさまさ
第2部 第1章

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第2話 鏖(みなごろし)の狂鬼

「いらっしゃ……」


 酒場の店主は磨いていたグラスの手を止め、固まる。


 現れたのは、店の戸口より巨大な男。未だかつてこの店の入り口を頭を下げて入ってきた者など一人として居ない。


 男の身体は岩石のような筋肉に覆われていた。そしてそれを無理矢理抑えつけるように着込まれた黒く分厚い革の衣服は歩く度に軋む。背中には巨大なクレイモアを二本背負っており、肌には数多の古傷が刻み込まれていた。


「……」


 大男はがらんどうの店内を見渡した後、人の胴程あろうかというブーツを鳴らしながら椅子を二つ並べ、カウンター席へと腰を下ろす。歩く度に床が悲鳴を上げ、巨体を支える椅子は今にも砕け散りそうだ。


「マスター、何でも良いから食べ物を。あと、水もジョッキで出してくれ。金は払う」


 巨大な顔に巨大な笑みを浮かべ、野太く穏やかな声で告げる。


 焦げた木のようにくすんだ短髪はそのままもみあげを介して顎髭と繋がっており、顔のパーツも兎に角大きい。まるで獣のような野性的な見た目であったがしかしその所作は意外にも丁寧で、折り畳まれたナプキンを杖のように太い指先で器用に開いていた。


「どうした?」


「あ、え、えぇ、いやなんでも……」


 ドラゴンのように鮮やかな黄を発する巨大な瞳を向けられ、呑み込まれそうな悪寒が背中に奔る。


取り敢えずは客のようだ。店主はカウンターの下に備えてあった短剣の柄からそっと指を離し、慌てて料理を作り始める。


 短剣は護身用のものだったが、仮に戦闘になったとしても、武の心得の無い細身のマスターがオークよりも巨大なこの男に勝てる筈も無かっただろう。


 額に浮かぶ汗は決して、フライパンから放たれる熱によるものではなかった。


「ここも随分と寂れたな」


「は、はぁ……。御覧の通りで……。お客さん、この辺りの出身で?」


 彼ら以外に誰も居ない店内。二人の声は肉が焼ける音と共によく響いた。


「いや、違う。戦時中、補給でこの村に立ち寄った事があってな。あの頃は、随分と賑やかだったのを覚えている。この酒場も、見たのは外からであったが、喧騒と灯に満ちていたな」


「おや、お客さん、兵隊さんだったんですか?」


「兵隊ではなく傭兵だ。連合国側のな……」


「……あぁ……。そうだったんですね……」


 少しの静寂の後、店主は火の勢いを強めた。普段は使わないような良い肉や香辛料をふんだんに入れ、なるべく新鮮なパンや果実をこれでもかと盛り付け男の前に並べた。水に加えて安物ではあるが果実酒も用意した。


「おいおい、随分豪勢だな。高くつきそうだ」


 予想だにしなかった御馳走を前につい笑みが零れる。


「サービスです。私達の為に戦ってくださった方に、私が出来るのはこれぐらいのものですが……」


「いや、嬉しいよ。御厚意に預かるとしよう」


 よほど腹が減っていたのか男は食べ物を口に詰め込み始めた。その勢いに驚いたマスターはどんどん新しい料理を追加していく。男はひたすらに食べ続け、店の食材が尽きる一歩手前で漸く男の手が止まった。


「ふぅ、満足だ。ありがとう。しかしすまなかったな。他の客の分まで食べてしまったかもしれん」


「い、いえいえ……。どうせ客の来ない店です。寧ろ食材を無駄にしないで済みました……」


 疲労困憊の様子で男から正規の食事代を受け取る店主。久々の、まともな収入だった。


「それにしても、本当に酷い寂れようだなこの村は。以前は働く者が行き交い少し歩けば遊び回る子供達にぶつかりそうになっていたというのに」


 食後の紅茶を啜りながらのその言葉に、店主の眉は垂れ下がる。


「全ては帝国のせいです。帝国の奴等が若者をみんな攫って行ってしまうんです……」


「……奴隷集めか……」


「そうです。表向きは帝国での労働者集めであり、厚遇されると謳っていますがそんなの誰も信じてません。皆、奴隷にされてしまうのです」


「酷い話だ」


「ええ、全くです。我々が逆らえないのを良い事に、やりたい放題してきます。私の娘も、一月前にここから少し離れた場所にある帝国の施設へ連れ去られました。それ以来、妻は心を患い寝たきりに……」


 店主の喉から微かな嗚咽が漏れる。


 彼のような被害にあっている者は少なくない。もし帝国の要請を拒絶したり抵抗したりするようならば、その一家は惨たらしく処刑される。その事実を知っているからこそ、誰もが皆黙ってこの現実を受け入れるしかなくなっていた。


「若者は奴隷として連れ去られ、残った者は高い税を支払う為だけに働く日々。毎日恐怖に怯え夜もまともに眠れない。我々はいつまでこのような生活を……」


 と、店主は慌てて涙を拭い客に頭を下げた。


「あぁ、いや、お客さんにするような話ではありませんでしたね。申し訳ありません」


「マスター、心配は要らない。帝国の支配もそう長くは続かない。奴等は必ず滅びへの道を辿る事となる。それを、私が証明して見せよう」


「え?それはどういう……」


 顔を上げた店主の瞳に、一枚の布が映る。大男が手に持ったそれを見た瞬間、店主は目を見開き口を震わせた。


「あ、アナタは……」


 店主の言葉に大男が頷く。彼が手にしている色褪せた布切れに描かれていたのは、オズガルド帝国を象徴する紋章と、それを塗り潰す赤黒いバツ印。


 それは、反乱軍に所属する者の証であった。


「マスターの娘が攫われたのは一月前だったな。なら、まだ売り飛ばされていない可能性がある。間に合うかもしれん」


「ほ、本当ですか……!?い、いや、しかし、あそこには多くの兵士と魔族が……。アナタ一人ではとても……」


 期待と不安が入り混じり複雑な面持ちの店主。そんな彼に男は頼もしい破顔を見せ、告げる。


「私がバラド=サーナスだと知っても、まだ不安か?」


「えっ!?ば、バラドって……。あの!?」


 バラドと名乗る男は静かに頷くと、店主の小さな肩をなるべく優しく叩く。


「そもそも私はあそこを壊滅させる目的でここに立ち寄ったのだ。気にすることは無い。もののついでだ。因みに、お前の娘の名は?」


「さ……。サーシャです!サーシャ=ロッテです!」


「承知した。豪勢な飯の礼だ。優先して助けることにしよう」


「ほ、本当ですか!?本当に……。本当に信じても!?」


 バラドは深く頷くと、席を立つ。二本のクレイモアを背負った頼もしい背中を眺めながら、マスターは両手を合わせた……。



 ―――――



「……向こうか!くそっ!」


 森の奥に上がる黒煙目掛け、一人の女性が馬を走らせる。


 酒場のマスターから話を聞き加勢に馳せ参じようとしたのだが、全ては終わった後だった。


 森の中に突如として現れた巨大な塀。その正面の堅牢な門は凄まじい力で無理やり破壊された跡があり、周囲には帝国兵《《だった》》モノが散乱している。噎せ返るような血の臭いにクルスは眉間を刻みながら抜刀した状態で塀の中へと進んだ。


 中も酷い有様で、見渡す限りの血の海。倒れた兵士や魔族は一人残らず生死を確認するまでも無い状態であり、無造作に破壊された壁や地面からもその戦闘がどれだけ苛烈であったかが見て取れる。


 クルスは馬を降り建物の中へ入ろうとしたが、その前に巨大な影が正面の入り口から煙に混じって姿を現した。


 血塗れの巨躯、充血した大きな目。その姿を見た途端、クルスの体温が吹き飛んだ。


「ん?お前は……。クルス!クルスじゃないか!」


 彼女の存在に気付いたバラド。悪鬼のように険しかった表情は瞬時に(ほぐ)れ、クレイモアにこびりついた泥土のような血を振り払いながら笑顔で彼女の傍に寄る。


「どうしたこんな所で!まさか手伝いに来てくれたのか!?だとしたら残念だったな!もうここは制圧したぞ!」


「せ、制圧……ですか……」


 クルスは何とも言えない表情で周囲を見渡し、呟く。


「クルスよ、何を困惑しておる。いつも言っているであろう。帝国の者に慈悲など要らぬと」


「そ、そうでしたね。仰る通りです。流石はバラド様……。それで、捕えられていた者達は……?」


「皆無事だ。怪我も無い。ここにあった馬車を使って逃げさせた。今頃は近くの町に着いている事だろう」


「そうですか……」


 内心胸を撫で下ろす。勢い余って罪の無い者も巻き込んでいないかヒヤヒヤしていたが、どうやらそれは無さそうだ。


 悪と断ずる相手には相変わらず容赦が無いが、それ以外のこととなると怖いくらいに冷静なのがこの男、バラドなのである。


「して、クルスよ。お前はトラナ王の下に居た筈なのでは?何故ここに?まさか本当に手伝いに来てくれたわけではあるまい?」


「……はい、それが……」


 彼女がバラドに会いに来た本当の目的。それを告げるのに彼女は少し躊躇った。しかし黙っていても埒が明かないだけ。意を決し、口を開く。


「バラド様。落ち着いてお聞きください……」


 そして彼女は伝えた。トラナ公国が帝国の手に落ちたことを。


 伝え終えた後、クルスは息を呑んだ。不気味なまでの静寂に、顔を上げる勇気が無かった。


「それは、本当なのだな?」


 以外にも落ち着いたバラドの声に、クルスは仄かな安堵と共に顔を上げる。しかし、バラドの顔は憤怒で真っ赤に染まり、身体中に太い血脈が浮き出ていた。クレイモアを握る手からは血が滴り身体から立ち昇る熱が視界を歪める。


「し、真実にてございます……」


「そうか……。おのれっ!!」


 彼はそばに転がっていた帝国兵の頭を容赦無く踏み砕く。あまりの勢いに地面がめくれ上がり血の雨が降った。


「ラナドは?ラナドはどうした?お前と一緒だった筈だ」


「彼は……。帝国の追手から私を逃がす為に……」


「…………そうか……。いや、しかしだ。クルス、お前が生きていてくれただけでも本当に良かった。長旅で疲れているだろう。アジトでゆっくりと休むが良い」


「ありがとうございます……。しかし、私に休んでいる暇などありません。直ぐにでも仇を討たなくては……」


「焦るな。トラナ王も言っていたのだろう?今は力を蓄えろと。死に急ぐのはそれまで犠牲になった者への無礼と知れ」


「しかし……。どうすれば……」


 部下の憤りに、バラドは頼もしい笑みで応える。


「それに関しては私に考えがある。兵の増強は勿論だが、それ以上に強力な一手が我々には残されている」


「強力な一手、ですか……?」


「そうだ。我々は、悪魔を味方に付ける」


「……っ!」


 悪魔。その言葉が誰を示唆するのか分からないクルスではなかった。


「我々にはどうしてもあの男の力が必要だ。戦力としては勿論の事、最近起きた帝国との事件の事もある。彼を仲間に引き入れることが出来たなら士気も戦力も間違いなく上がるだろう」


「か、可能なのでしょうか」


「やるしかない。悪魔を葬るには、悪魔だ。少し後に彼の下を訪れる予定だが、私のような大男一人では向こうも警戒する可能性が高い。キミのような美麗な女性が居れば場の空気も少しは和もう。付いて来てくれるか?」


「は、はい……!」


「よし!では一旦アジトに戻ろう。細かい作戦はまたその時に決めればよい。取り敢えず、報告ご苦労であった。感謝する」


「いえ、そんな……」


 労うようにクルスの背を巨大な手で優しく叩く。力を抜いたつもりだったがクルスは大きくよろめき前のめりに倒れそうになってしまった。


 施設から立ち去ろうとするバラドを追いかけようと振り向くと、そこには、空気を歪ませる程の怒気を背中から噴き出す男の姿が在った。クルスの前ではなるべく冷静を装っていたようだがそれでも隠し切れぬ彼の本性に、彼女の乾いた喉に唾液が詰まる


 ふと、クルスは辺りを見渡した。繰り広げられた光景に、地獄すらまだ慈悲があるのではないかと思えてくる。


『悪魔』。バラドは畏敬の念を込めそう称していたのかもしれない。しかし、クルスからしてみれば、バラドの事を良く知る彼女からしてみれば、彼の方が余程、悪魔という名が相応しい人物なのではないかと思えてしまう。


 バラド=サーナス。またの名を、『鏖の狂鬼』。


 反乱軍最強の男。そして、最も過激で危険な男。


 彼もまた、希望の灯の一人であった。

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