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スレイブズ  作者: まさまさ
第8章

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第2話 閉じることのない世界の中で➁

「お父さん、最近ずっと家にいてくれてうれしい!」


 我が娘の無邪気な言葉に、逞しい顎ひげをたくわえた肩幅の広い大柄な男は複雑そうに笑みを浮かべた。


 彼は少し前まではそれなりに名の売れた傭兵であり、戦争で稼いでは家族を養っていた。


 だが、数年前にレギンドの大戦が終わり帝国による大陸支配が始まって以降、仕事は激減。貯蓄を食いつぶしながら何とか日々の生計を立てている。


 日雇いの労働にも参加しているが、帝国以外の国はどこも貧困に喘いでおり賃金は安く、また、元傭兵というだけで就労を拒否される事も多々あった。


「大丈夫、いつかきっと良くなるわよ」


「あぁ……。そうだな……」


 献身的に支えてくれる妻の言葉に少し気が楽になる。しかし、このままではいずれ貯蓄も底を突き妻と子は路頭に迷うことになってしまうだろう。


 頭を抱える日々を送っていた彼の下に、ある日帝国からの手紙が届いた。正確には第三帝国に所属する軍の要人からであり、その内容はレッドデビル討伐の為の徴兵を報せるものであった。


 参加するだけでも一家を半年は食わせてやれる程の報酬。さらに見事レッドデビルを討伐せしめた者には更なる報酬に加え第三帝国軍の幹部として迎え入れると明記されていた。


 まず男は第三帝国がレッドデビルを討伐しようとしている事実に驚いた後、少し悩んだ。と言うのも、彼はかつて味方側としてレッドデビルと戦場を共にしたことがあったのだ。


 同じ釜の飯を食い、酒も酌み交わした。情が無いと言えば嘘になる。


 だが、背に腹は代えられなかった。傭兵という性質上、かつて仲間だった者と戦う

事も少なくない。今回もそう。仕方の無い事なのだ。


 妻には帝国で仕事を探してくると伝え、家を後にした。


 相手はあのレッドデビルだが、聞けば帝国も相当の戦力を搔き集めていると聞く。最悪戦っている振りをしてそのまま参加料だけもらい、隙があれば自分が仕留めてやろう。


 すっかり牙が抜け平和ボケした男はそう気楽に身構えていた。


 だが、現実は残酷な必然を突き付けてくる。


(くそ!どうなってんだ!全然前が見えねぇ!)


 第二部隊の中心部に配置された男は、他の傭兵や魔族の波に飲まれ身動きが出来なくなっていた。


 金属の類がぶつかり合う音に混じり悲鳴や怒号、そして大量の液体が散乱する戦場らしい音がすぐ近くで響いている。


 頭上から降ってきた誰かの肉辺が、彼の戦歴を物語る傷だらけの鎧に張り付く。悲鳴の数は時間を追うごとに増え、空には魔力の矢が跳び、次第に苛烈な混乱が辺りを覆い始めていた。


 そして、その瞬間は訪れた。


 目の前を塞いでいたオークが吹き飛ぶ。


 開けた視界のど真ん中に、血塗れの黒い鎧が。



 ――あ。




 と、男が声を漏らした時、既に首は胴から離れ、身体は蹴飛ばされ地面に転がっていた。薄れゆく意識の中、彼は家族の事を案じていたが、最早彼が家族にしてやれることは何もない。


 彼の人生は、こうして幕を閉じた。




 ――――――――――




「上手くいきましたな」


 マルドムは玉座でふんぞり返るソリアに静かに告げる。魔力の雨が第一陣に降り注いだ後の事であった。


「我が国に無能は要らぬからな。数は減らしておくに限る」


「なんて酷い事を……!」


 ただ戦場を見ている事しか出来ずにいたセラが立ち上がり、眼下の暴君に怒声を飛ばす。


「あなたには心が無いのですか!?」


 セラの端正な顔が怒りに歪む。ソリアはその感情の発露に対し実に愉しそうに嗤った。


「お前は野端に生える雑草を踏んで一々心を痛めるのか?」


「あなたもその肩書が無ければ所詮は路傍の草でしょうに!」


 小さな破裂音が響く。それは戦場の音に掻き消され周囲の者の耳には届かなかったが、頬を叩かれたセラの耳にはしっかりと響いていた。


 ソリアはセラの顎を掴み、視線を無理矢理戦場へと向ける。


 平原を吹き抜ける爽やかな風に混じる血の臭いに、セラは眉間を狭めた。


「見ろ、お前のせいで人が、魔族が、魔獣が、みな傷付き死んでゆく。どんな気分だ?」


「……っ!」


 セラはソリアの手を払いのけ強く睨みつけるが、それは余計に彼を悦ばせるだけであった。


「怒れ、恨め、憎め。そうして私を蔑み見下すが良い。その嫌悪感が快楽に塗り潰されるその瞬間を私は心待ちにしているのだからな」


「……そんなこと絶対にありえません。必ず、必ずあの人は私を救い出しあなたの望みを打ち砕きます」


「それはどうかな?愛しのご主人様は随分と苦戦しているようだぞ?」


 ソリアの言葉に、セラは慌てて城壁から身を乗り出す。


 見れば、先程まで大群の中を突っ切っていたジルの進みは鈍くなっていた。屈強な戦士達を前に流石のジルも足を止め応戦せざるを得なくなってしまっている。


 攻撃を受ける頻度も増え、時折身体をふらつかせる場面も見せた。彼の言う通り、ジルは圧され始めているように見える。


(……ジル様……!)


 セラはただ祈った。誰がどう見ても絶望的な戦力差を前に、奇跡を求める事しか出来ずにいた。


 そんな彼女の弱々しい背を前にソリアはマルドムに指示を出す。彼は舌なめずりをし、脚を揺らしていた。




 ――――――――――




「先輩。遅いっすよ」


「す、スワン君が、速過ぎっ、るんだよぉ……」


 第一陣と第二陣の中間地点でジメドが息切れを起こし、膝に手を突いてしまっていた。ロバートは彼のお守りの為に足を止め、周囲を警戒しつつ先輩の背を撫でる。


 兵士の癖にと呆れたが、よくよく考えれば自分もジメドも雑用ばかりで訓練や鍛錬の類は殆どしていなかった。


 それにしても、ここまで体力の無い人間がよく紛いなりにも帝国の兵士になれたものだと感心するロバート。


 ――その両脇を、第一陣の兵士が雄たけびを上げながら駆け抜けて行った。


 どうやら彼らは正確ではないとはいえあの魔法の雨の意図を察したらしい。生き残った者達が逃げるように第二陣へと突っ込んで行く。その前方ではレッドデビルが足を止め大群に一人立ち向かっていた。


「ど、どうやら突進は止まったようだね……。これだと勝負は見えたかな?」


 このままレッドデビルが討たれてくれれば自分達は戦わなくて済む。と、微かな安堵を抱くジメドであったが、ロバートはそれを鼻で嗤う。


「期待しない方が良いっすよ。これでどうにかできる奴じゃない。ただまぁ……向こうもそれなりの戦力は用意してるみたいだから、どうなるかは分からないっすけど」


 煌めきを放つ白い鎧に視線を向ける。城壁の前に鎮座するは、帝国軍最高峰の戦力『デアナイト』。彼が先刻城下で見た鎧はどうやら敵の切札だったようだ。


 戦時中、彼らの存在にはジルもロバートも随分と手を焼かされてきた。直接戦闘行為に及ぶことは無かったが、仲間の部隊が一瞬で壊滅に追い込まれ隊列や作戦を組み直させられたりと被った被害は大きい。


(多分、アイツが一番の難所だろうな……)


 もしジルがデアナイトの妨害を受けるようなことがあれば、自分が代わりに戦うべきか。それとも、彼が戦っている隙に自分がエルフのお嬢様を救い出すか。


 どういった作戦で行くかを考えている最中、異変は起きた。


「ね、ねぇ、スワン君。何か様子がおかしくない……?味方同士で争ってるような気がするんだけど……」


「あれ……。ホントだ……」


 スワンの指摘通り、傭兵同士の間で小競り合いが起きていたのだ。それは恐らく、流れ弾が当たった誰かがその怒りを誰かにぶつけ、それがまた別の誰かに影響し、それが波となって次第に広まっていったのだろう。今となってはその場に居る全員が敵同士のようになってしまっていた。


 レッドデビルとは全く関係の無い場所でも戦いが起き、戦場は大混乱。それに第一部隊も流れ込んできてしまい、収拾がつかなくなってしまっている。


「人数差が下手にあり過ぎたのと、密にし過ぎたのが災いしたようっすね」


「ど、どうなるの?どうするの!?」


「どうもこうも無いっすよ。俺達も突っ込みましょ」


「ええええええ!?う、うそでしょ!?無理だよ!あんなのもう戦場じゃん!」


「いや、元から戦場でしたけど」


 何を今更、とロバートは笑う。


「何なら先輩はここに残りますか?また魔法が飛んでくるかもですが」


「うえぇ~!勘弁してよぉ……」


 バネ仕掛けの人形のように勢い良く立ち上がり、意地悪にも先に歩き出すロバートの背を追う。彼等が向かう先は、突っ立っていれば数秒と命が持たないような空間。無慈悲の地獄である。


「先輩、経験者から一つアドバイス。あの中では絶対に瞬きしないでくださいね。目を閉じた瞬間死ぬと思ってください」


「ひ、ひぃぃぃぃ!!!!」


 戦場の轟音にも負けない大きな悲鳴を上げ、ひたすら足を動かすジメド。


 そして二人は、生と死の境界線を踏み越えた。

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