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スレイブズ  作者: まさまさ
第6章

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第2話 ジル様の嫉妬②

 夜、食事を終えた従者達には就寝までの間、自由時間が与えられる。


 この時間になるとセラとカリナもメイド服から淡色の可愛らしい寝間着に着替え、読書や雑談、夜のお菓子タイムを楽しんだりしている。が、最近は新たな楽しみが増えたようで、夜になっても屋敷内が賑やかな事が多くなった。


「ナナ、ゴーゴー」


『ガウ~』


 廊下の端に居る四足歩行状態のドラゴン。その背に乗ったカリナが前を指差し指示を出すと、ナナはゆっくりと走り出す。


「ナナ、ダッシュ」


『ガウッ!』


 長い廊下に出たところで、ナナは背に乗る少女を振り落とさない程度の速さで駆け出した。カリナはナナの太い首に手を回しながら無邪気な笑みを浮かべている。


 騒ぎを聞きつけたジルが部屋から顔を出すと、目の前をドラゴンライダーが走り去っていった。


「お~い。あまり無茶するなよ~」


「は~い」


 カリナの言葉と姿は廊下を曲がった瞬間に消える。ジルは溜息を漏らすと、台所に向かおうと扉を閉めると同時に、紅茶とクッキーを盆に乗せたセラと鉢合わせした。


 ゆったりしたワンピースタイプの寝間着姿の彼女は、ジルの紅い瞳を見詰め柔らかく微笑む。


「お夜食をお持ちしました」


「お、ありがとう。……今日もずいぶんと賑やかだね」


 セラを部屋に迎え入れる。彼女がジルの前を通過した際に爽やかな石鹸の香りが鼻を擽った。


「カリナちゃん、すっかりナナちゃんとの遊びを気に入ってしまったみたいでして、少し寂しいです」


 指先で口を覆いクスリと笑う姿は、まるで明るくなった妹への悦びを隠せない姉のよう。


 ジルが紅茶を一口啜り、クッキーを口に放り込んだところでセラも齧った。


「驚くほど馴染んじゃってるよね。ベムドラゴンは人によく慣れるとは聞いていたけど、まさかあれ程とは」


「あのクエストで怪我を治してあげたのも影響しているのではないでしょうか?」


「それにしても、だよ。まぁ、上手く回ってるのなら、俺としては何も文句は無いんだけどね。カリナも楽しそうだし、言うこと無しだ」


 言葉とは裏腹にクッキーを矢継ぎ早に口に放り込み、荒々しく噛み砕くジル。そんな主人の心境を察したセラは菓子の破片を飲み込むと静かに尋ねる。


「何か、思うところがお有りですか?」


「……いや、別に」


「そうですか?」


「あぁ、無いよ」


 しかし、セラが空のように澄んだ瞳でジルを見詰めながら黙って紅茶を啜っていると、ジルはふと顔を背け、ぽつりと呟いた。


「ちょっと甘やかし過ぎなんじゃないかなぁ~、と……」


 零れた主人の本音に、セラは嬉しそうに口元を緩める。


「と、言いますと?」


 意地悪く、聞き返す。


「いや、その……。何というかさぁ。みんなべたべたし過ぎと言うか、構い過ぎと言うか」


「ズルい?ですか?」


「そう!それ!ズルいんだよね!あのドラゴン!」


 手を叩き、腕を組み、鼻息を荒くするジル。


「俺は口を拭いてもらったことも頭を撫でてもらったことも、背中に乗ってもらったことも無いのにさぁ!」


「最初の二つは兎も角……。お背中に乗ってもらいたいんです?」


「それぐらいラフに接して欲しいって事!」


「なるほど……」


 つまり、ジルはナナに対して嫉妬しているらしい。セラはつい喉を鳴らして笑ってしまう。


 「なんだよ」と恥ずかしそうに顔を赤らめる主人を前に、セラは謝りながらも笑顔は絶やさなかった。


「流石にお背中に乗ることは慎みますが……。これからは私がジル様の食後にお口を拭かせていただき、お仕事が終わり次第頭を撫でさせていただいてもよろしいですか?」


「む!い、いや、それは、その、まだ早いと言うか、別に俺がしてもらいたくて言ったわけじゃなくてだな……」


「なら、止めておきましょうか?」


「た、たまに!たまにお願いするよ!毎日はダメだけど、たまになら!」


「フフ……。承知しました♪」


 まるで子供の用にころころと表情を変え感情を露にするジル。彼を悪魔などと吐き捨てる輩に、この可愛らしい姿を見せてやりたいと強く思うセラであったが、しかし彼の本当の姿を知る数少ない存在になれている優越感も捨て難かった。


「また、家族が増えましたね」


「うん。でも、俺の計画からはどんどん遠ざかってるんだよね」


「私は賑やかで良いと思いますが……。ただ、ナナちゃんのお陰で出費はかなり増えましたね。最近の食費の増え方が尋常じゃないです」


「あ~……。だろうね……」


 ドラゴンはその巨体を維持する為に一日に大量の食糧を必要とする。その為肉を大量に手に入れる必要があるのだが、その際に要する費用は凄まじい。


「ナナ!ごー!」


『ガウ!』


 再び部屋の前を喧騒が通り過ぎていく。楽しそうなカリナの声にジルもセラも口元が緩む。


「このままだと厳しそうかい?」


「現時点ではその心配は無いのですが、もしナナちゃんが大きくなって更に食費が増えればどうなるか分かりませんね……」


「う~ん。『猫の手』のクエストで稼げる額はたかが知れてるし、俺が肉用の魔獣を狩りに行っても運送や解体を考えたら効率が悪すぎるだろうしなぁ」


「ですね!それは止めておきましょう!効率が悪すぎます!」


「お、おぉ。だよね……」


 戦時中にジルが魔物を食べていた話を知っていたが為に、セラは全力で彼の言い分に賛同した。下手したら自分達も食べさせられかねないと考えただけで、背中に変な汗が滲む。


「これは私が前々から考えていた事なのですか、出来れば私もこの家の為にお金を稼ぎたいと思っていたんです。私自身、今までお金を稼いだことが無かったので、出来る事ならこれを機に経験してみたいと思っておりまして……」


 胸に手を当て、真剣な面持ちでそう告げる彼女の言葉に嘘偽りは無く、相応の覚悟も感じ取れた。しかし、それを聞いたジルの表情は渋い。


「キミの仕事はこの家に居てくれることだよ、セラ。お金を工面するのは俺の仕事だ」


 自分の奴隷を金儲けの道具に使う主人は少なくない。それどころか、奴隷に出稼ぎに行かせるのはこの世界では当然のように行われている事であり、馬車馬の如く休み無しで働かせる者も居れば、中には身体を売らせたりする者も居る。


 その凄惨さを知っているからこそ、ジルは彼女の提案に対して渋りを見せたのだ。


 が、しかし。ここでジルはとあることに気付く。そしてその気付きは新たな可能性を誘発し、彼の中で一つの計画として芽吹いた。


「……まてよ?いや、あるな。キミにもできそうな仕事が……。これなら多分、安全だしお金も稼げるぞ?」


「え!?ホントですか?して、その仕事とは……?」


 興味半分不安半分といった様子のセラであったが、最後まで彼の提案を聞くと、彼女は大いに納得し、喜んでいた。


 二人はその件をカリナ、そしてナナにも伝え、一同は早速翌日から動き出すこととなる。

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