第2話 新たな依頼
ギルドというのは、何か困り事や頼み事を持った人間が報酬を支払うことで自分以外の誰かにその目的を達成してもらう為の『場』であり、これは古来より脈々と続く助け合いのシステムであった。
また、そこには巨額の富や名声を得るためにあえて危険な冒険に身を投じるという、ロマンにも満ち溢れた世界でもあった。
しかし、大きな戦争が終わり帝国による大陸支配が始まった今、僅かな例外を除き、ギルドもまた帝国の支配を受ける事となった。
その結果、大した報酬でもないくせにやたらと危険なクエストや、誰もやりたがらない雑務のようなクエストが帝国から押し付けられるようになった。
しかもそれはノルマ制で、期限までに一定量の依頼を達成出来ていない場合には税率を上げられたり、最悪ギルドを潰されてしまう。既にいくつかのギルドが見せしめの意味合いも込めて潰されており、路頭に迷う人間が増えた。
今のギルドの冒険者たちはロマンを追い求める為では無く、自分の食い扶持であるギルドを潰させないためにやりたくも無いクエストを渋々行っている場合が多いのが現状だ。
小さなギルドが次々と潰れていく中、中堅ギルドである『猫の手』もまた、厳しい状況に立たされている。
「シクルフラワーの駆除、完了したぞ」
クエストの完了報告と共にカウンターに転がる皮袋。受付の女性がその袋の中を覗くと、そこには赤黒い硬質な『核』が十数個入っていた。
「それで全部の筈だ。確認してくれ」
「……うん。オッケー!確かに全部ね!ご苦労様!」
受付の女性、ミスラは満面の笑みで鎧姿の大男に告げると。金庫から報酬を取り出した。その額、大樽の水が一つ買える程度。
シクルフラワーは意志を持った植物のモンスターだ。触手で獲物を捕縛し鎌のように鋭利な葉で獲物を切り刻み、その体液を養分にする非常に危険な魔物。熟練の冒険者や屈強な兵士でも相手にすれば命を落とすことが多く、基本的にそのモンスターが植生する所には誰も近付こうとはしない。
クエストの難易度に対して報酬があまりにも釣り合っていない。しかし、ジルは黙ってそれを受け取った。
「俺が着いた時には既に別のギルドの奴等が三人犠牲になっていた。悪い事をした。俺がもう少し早くに引き受けていれば」
「ううん、気にしないで。悪いのは帝国よ。あんな所の魔物を駆除したところでなんの利益も無いのは分かってるくせに……。嫌がらせと面白半分であんな依頼を吹っかけてきてるんだよ。ホント、腹立つ」
いつもは花のように明るいミスラの顔が、静かに曇った。
このギルドはジルの存在に助けられているが、突出した実力者の居ない他のギルドではこうした理不尽な依頼によって命を落とす冒険者も少なくない。
「こちらこそごめんなさいね。こんな依頼ばかり押し付けちゃって」
「それは言わない約束だろ。別に俺も気にしてないし、なんなら良い運動になるから助かってるぐらいさ」
端から見れば生死を懸けたクエストも、この男に掛かれば散歩程度のものでしかない。
「そう言ってもらえると助かるな~……。あ!そうだ、ごめんついでと言ったらアレなんだけど、もう一つ引き受けてほしいクエストがあるんだよね!」
ミスラは豊満な胸を邪魔そうに押し付けながら手元の引き出しを開け、一枚のクエスト依頼書を取り出す。それが帝国からの依頼書だという事は書式ですぐに理解出来た。
「これね、帝国からの依頼書なんだけど……。内容は簡単な薬草の採取なの。これなら、セラさんとカリナちゃんも同行出来るんじゃないかと思ってジルさんに取っておいたんだよね!どうかな?」
屈託の無い笑みに、ジルもつられて鎧の下で微笑んだ。
「どれどれ……。ん……。ナナソ草か。珍しい薬草だな。これを取って来るだけで良いのか?」
「うん。ちょっと遠い場所にあるみたいなんだけど......。注意点としてはそのナナソ草が生えてる所がベムドラゴンの巣の近くって所かな~」
「ベムドラゴン?そりゃ凄いな。ナナソ草なんかより遥かに珍しいぞ」
ベムドラゴンとはドラゴン族の一種であり、滅多に人を襲わない温厚なドラゴンとして有名である。警戒心も薄く、人によく慣れる。
故に乱獲され、今はその数をめっきり減らしてしまった。絶滅危惧種となっており、今では狩猟や捕獲は固く禁止されている。
しかしそれでも、一獲千金を狙い密漁する者は多い。
「ま、こちらからちょっかいを出さない限り襲ってくることは無いと思うわ。多分。折角だし、あの二人にベムドラゴンを見せてあげるのも良いかもね。今のご時世、ドラゴンなんて滅多にお目に掛かれるものじゃないし」
「ふむ、アリだな……。何にせよ、受けさせてもらうよこの依頼。わざわざありがとう。世話になる」
「なに言ってんの!例を言うのはこっち!面倒な依頼とか危険な依頼とか、いつも引き受けてくれてありがとね?本当はジルさんにこんなに押し付けたくないんだけど、でも任せられる人があまり居なくて……」
「気にするな。俺で良ければ何時でも頼ってくれ。出来る限り力になろう」
右手を翳し、力こぶを作る。肉体は鎧の下にある為見えなかったがミスラには十分頼もしく見えた。そもそもあのレッドデビルが力を貸すと言っているのだ、これ程頼もしい事は無いだろう。
「……何だか最近、物腰が柔らかくなってきたね~、レッドデビルさん?」
カウンターに両肘を乗せ、ジルを見上げるミスラ。その顔はどこか嬉しそうだ。
「そうかぁ?」
「うん、そう。名前負けしちゃってるね。少なくとも、私から見たら悪魔にはとても見えないし思えないよ。やっぱり、あの二人の奴隷さんが影響してるのかな~?」
「う~ん……。そうなのかな?」
「私はそう思うな~。セラさんとカリナちゃんの話をするようになってからジルさん明るくなった気がするもん」
「……」
どこか思い当たる点があったのか、顎に手をあて考え込むジル。しかし、ジルが何らかの答えを出すよりも先にミスラがカウンターの呼び鈴を鳴らした。
「さ!そろそろお話は終わり!次の人を待たせてるからね!ジルさんは早く帰ってあの二人を愛でてあげなさいな♪」
「お、おう……」
言葉を畳みかけられジルはすごすごとカウンターから立ち退く。その様子を見ていた酒場の冒険者達が気持ちの良い笑い声を上げると、悪魔と呼ばれる男に向け杯を掲げるのであった。




