第5話 知らぬが仏
「ほっ、ほっ、ほっ」
甲冑が擦れ合う音を鳴らしながら走る一人の兵士。
広大な帝国軍の敷地内。その中の隅にある部隊の更に隅に存在する小さな部隊の敷地内。その隅にある小さなボロ小屋の影に兵士は飛び込むと。周囲に誰も居ないか確認しヘルメットを外した。
「ふぃ~。あっちぃな。このクソ暑いのにこんなもん被るなんて自殺行為だぜ。汗で蒸れてくせぇしよ……」
濃淡歪な赤髪がヘルメットの中から姿を現す。先程ソリア皇子の部屋の前に居た兵士の正体はロバートであった。
「あの皇子も、バカじゃねぇな」
甲冑を脱ぎながら呟く。ロバートは皇子の部屋で起きた一連のやり取りを盗み聞きしていたのだ。因みに、甲冑は上司の物を勝手に拝借している。
「戦力もかなりのもんだし、さぁて、ジルはどうすんのかねぇ……」
別にジルの手助けをする為に諜報活動をしたわけではなく、ただの興味本位で行動しただけ。目的を終え持ち場に戻ると、早速上司からの叱責が飛んできた。
「オラァ!スワンてめぇ今までどこに行ってやがった!洗濯物が溜まってんだぞ!お前、もしかしてサボってんじゃねぇよなぁ!?サボったらまた飯抜きだぞ!分かってんのか!!分かってんならさっさと洗ってきやがれ!!」
「へ~い。サーセン」
いつも通り飲んだくれている上司のありがたい御命令を承ったロバートはいつもの洗濯場へと向かった。そこでは既に先輩のジメドが悪臭に眉を顰めながら衣服を揉み洗いしていた。
「あ!スワン君やっと来たね!どこ行ってたのさ!」
「すんません、ちょっとトイレに……」
下っ端の下っ端である二人は今日もせっせと洗濯作業。そして、今日も今日とてジメドは仕入れてきたレッドデビルに関する情報をロバートに小声で伝えるのだ。
今日の内容は、軍隊内でレッドデビルに関する情報の箝口令が敷かれた事、遂に帝国の戦力が整い、いよいよ攻め込むのではないかというものであった。
先程皇子の口から耳にしてきた内容と擦り合わせ精査するロバート。考え事をしている真顔の後輩に、ジメドが無邪気な笑みを浮かべ問う。
「どうかな?レッドデビルは勝てるかな?」
まるで舞台や小説の中での戦いを予測するかのような言い方に、ロバートはつい苦笑を漏らしてしまった。
「前にも言ったっすけど、キツイと思いますよ。戦力に差が有り過ぎる。大体、この戦いでレッドデビルが勝てるならそもそもレギンドの大戦時点で帝国は滅んでるでしょ」
「そう言われればそうだね……」
否定的な意見を述べるロバートであったが、しかしそれはあくまでも『量』という意味で言っているに過ぎず、『質』で言えば良い勝負をするだろうというのが彼の見解であった。そしてその答えに、しかしジメドは否定から入った。
「でも、分からないよ?彼には、レッドデビルには仲間が居る筈だからね!彼程ではないにせよ、強い傭兵仲間が居る筈さ!例えば、レギンドの大戦でレッドデビルと共に帝国軍の主力部隊を次々と壊滅させていった『閃光のロバート』とか!」
ぴたり、と上司の服を洗うロバートの手が止まる。それをジメドに諫められ、再び手を動かし始めたところで話は再開した。
「彼らは懇意だと聞くからね。レッドデビルのピンチに友が駆け付けるんじゃないかなって僕は予想してるよ!」
鼻息荒く瞳を輝かせ熱を撒くジメドに『閃光』は問う。
「ロバートの事、知ってるんすね」
「もちろんさ!遠目だったから顔は見れなかったけど、戦ってる所も見たことあるんだよ!あの剣捌き、今思い出しても興奮しちゃうな!実は僕、彼に凄く憧れてるんだ!彼のようになりたくて剣の腕を磨いているんだよ!」
洗濯する手を止め立ち上がり、見様見真似の剣技を披露するジメド。お世辞にも技と言えるような動きでは無かったが、ロバートは鼻を擦る。
「お、おぉ……。へへ、そうなんすね……」
「ん?何でキミが照れてるんだい?」
「んぇ!?い、いや、んなことないっすよ?と、と言うか、その線は無いんじゃないっすかね?多分、誰かが助けに来るとかは無いと思うっすよ?」
「えぇ?何故だい?」
「傭兵ってのは基本的に金で動きますからね。情では動かないもんです。それに相手は大陸の覇者だ。逆らって良い事なんて何もない。レッドデビルに味方するメリットなんて無いんすよ。寧ろ帝国に雇われちゃったりしてるんじゃないっすかね?」
「そんなもんなのかい?」
「夢を壊すようで申し訳ないっすけど、そんな美談は傭兵に期待しない方が良いっすよ。みんな割り切ってるんで」
「そっか……」
桶の前にしゃがみ込み、いそいそと洗濯を再開するジメド。その表情には落胆が色濃く浮かんでいる。
「だとしたら、それこそレッドデビルは絶体絶命だね。……あ!いや、待てよ!?という事はもしかしたら『閃光』のロバートも帝国に雇われている可能性があるってことだよね?戦争が終わって傭兵業も殆ど無くなったわけだし!」
「え……?あ。そりゃ、まぁ……。可能性としては、あるかもしれないっすけど」
「だよね!?だったら、一目で良いから会ってみたいなぁ!別に会話とか贅沢な事は言わないから、顔だけでも見てみたいなぁ……」
「……」
顔を見るどころか会話までしてしまっているのだが。
感情の起伏が激しい先輩に対し、どんな表情で反応すれば良いのか困るロバートであった。




