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スレイブズ  作者: まさまさ
第4章

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第3話 想像してたよりカタいです……

 その日、ジルの目覚めは最高だった。


 夢と、希望と、活力と、ありとあらゆる肯定的な要素が彼の身体に漲っていた。


「ジル様~。朝ですよ~。起きて……。アレ?起きてますね……」


 いつものように従者が起こしに来たのだが、ちょっとした事件が起きていた。あの超寝坊助なジルが、この屋敷に来てから一度として自分達より早く起きたことの無かった主人が、なんと今日は既に目覚め、それどころか着替えを済ませているではないか。


 呆気に取られているセラにジルは微笑みを投げかける。


「やぁ、セラ、おはよう!」


「あ……。お、おはようございます」


 白銀の頭髪を揺らし、いつに無く爽やかで明るい挨拶を放つ主人に面食らいながらも優しい笑みを返すセラ。


 三人揃って朝食を済ませた後、ジルは自室に戻って書類の整理を始めた。


 と言ってもそんなに多忙なわけではなく、直ぐに手持無沙汰になる。しかし、敢えて自室に引きこもった。カリナとセラの午前中の作業が終わりを迎える頃合まで。


 数刻後、ベッドの上で天井の染みを数えていたジルは徐に身体を起こすと、部屋の窓から中庭を除く。人影を確認すると、肺の奥から熱っぽい息を吐き出し両手で頬を二度三度と張り、部屋から出た。


 荒れ果てていた中庭も、今やセラとカリナの尽力によってすっかり彩を取り戻し、庭園と呼ぶに相応しいものとなっていた。育てている植物の種類も増え、中には以前のクエストで持ち帰った珍しい薬草も植えられている。


 ジルは植物を踏まないように慎重に歩きながら庭園の奥へと進む。


「やぁ、頑張ってるね」


「あ!ジル様、いらしてたんですね……!」


 セラは慌てて額の汗を拭う。よほど張り切っていたのか彼女の美しい黄金の髪が数本額に張り付いてしまっており、それに気付いたセラは仄かな羞恥を頬に滲ませながら細い指先で身なりを整える。


 ジルは木陰に置かれていた椅子に対し、反対向きに腰を下ろした。


「特訓は上手くいってるのかな?」


 背もたれに腕を乗せ尋ねるジルの言葉に、セラは鈍い反応を示す。


「魔力の流れは感じるのですが、それをコントロールするのがどうも……」


 セラは冷たい井戸水が張られた桶を指差すと、眉間を刻み奥歯を噛み締め指先に力を籠める。これと言って異変は起きない。


「ふんんんん……」


 次第に頬が膨らみ顔が赤くなってきた。それに伴い、真夏の陽射しが差し込む中庭が少しずつ肌寒さを増していく。まるで極細の針で肌を刺されるかのような冷気にジルは堪らず立ち上がり、身体を掻いた。


「確かに魔法は発動してるけど周囲に影響が出てる。魔力が勝手に流れ出しちゃってるんだな」


「み、みたいです、ね……」


 魔法の発動を止めた途端、セラの額にどっと汗が噴き出す。息も上がり、堪らず井戸の縁に腰を下ろした。



 ――セラは最近、暇さえあれば魔法の練習をするようになっていた。



 彼女が初めてこの屋敷に来た際、魔力を封じる為のチョーカーを施されていたのだがその実、セラは魔力はあれど魔法が殆ど使えなくなってしまっていたのだ。


 その原因が精神的なものであるということは本人曰く間違いないようで、村を襲った者達を自分の魔法で殺めてしまって以来、使えなくなっていたらしい。


 セラ自身は魔法を拒んでいるつもりはない。寧ろ再び使えるようになりたいと願っている。しかし、心の奥底で無意識の内に封をしてしまっているのだろう。


 魔法とは魔力及び精神力の具現化である。彼女の場合、精神の統一は出来ていないがその膨大過ぎる魔力故に勝手に溢れ出し、周囲に影響を及ぼしてしまっていた。


「キミが魔法を使えようが使えまいが、俺にとって大事な従者であることに変わりは無いよ」


「ジル様……。ありがとうございます。でも、やはり、折角なので制御出来るぐらいにはなっておきたいと思ってます!少しでもジル様のお役に立ちたいので!」


 垂らし込むような言葉を向けたつもりなのだが意外な反発に会い、複雑な表情を浮かべるジル。だが正直、彼女が再び魔法を使えるようになることで得られるメリットは多い。


 まず、生活がかなり改善される。食料や水の保存が、特に夏場は悩ましい所があるのだが、セラが氷の魔法を使えるようになってくれるとこの問題が一気に解決する。


 簡単に氷を手に入れられるというのも単純にありがたい。部屋を涼しくすることもできるし飲み物に入れて涼を取ることもでき嗜好性も上がる。


 更に、彼女が魔法を使えるようになれば自衛も出来るようになる為、ジルの精神的な負担も大幅に軽減される点も素晴らしい。


「セラ、キミは戦う必要は無いんだ。もう戦う為に魔法を使わなくても良いんだよ」


 それはジルなりの精一杯の言葉であった。彼女もその意図を察したらしく、少し複雑そうな笑みを浮かべる。


「でも、氷系の魔法は凄く便利だから生活の助けとしては期待してるよ?ただ無理はしないようにね。今日もかなり暑くなるみたいだから、練習するにしてもちゃんと合間に休憩は取るんだよ?」


「はい!御心配ありがとうございます!」


 深々と頭を下げ、「では」、と再び練習を始めるセラ。ジルはその場から立ち去ろうとせず、木陰に吹き流れる爽やかな風を感じながら彼女の特訓を眺めていた。


「ふんっ!んんん~!」


 見守る……と言うよりは、見詰めるといった表現が正しいだろうか。


 真面目に魔法の練習をしている従者の身体を、まるで美術品を愛でるかのようにねっとりと吟味していた。先程迄の優しい主人の顔はそこに無く、在るのは欲に素直になった男の姿。


 天啓を受けた(気になっている)獣の紅い瞳が、エルフの美しい肢体に狙いを澄ませていた。


「…………」


 しかし、ジルは動こうとしない。それどころか、セラの身体にすっかり見蕩れてしまっていた。


(よくよく見ると、やっぱりセラってめちゃくちゃ綺麗だよなぁ……)


 こうしてじっくり眺めることで彼女の容姿が如何に優れているかを否応にも再認識させられてしまう。


 見ていると吸い込まれそうになる深い蒼の瞳、荒野に咲く百合の花弁のように儚げで美しい肌、滑らかで触れれば溶けてしまいそうなまでに儚い金色の長髪。張りのある形の良い胸に程良く肉付いた太腿に、つい手を回してしまいそうになる煽情的な腰の括れ。


 そして誰もが羨むような絶世の美貌を有していながらその性格は温和で素直、そしてたまにおっちょこちょいで可愛らしいという。


 そして、そんな美女を手中に収めているという雄としての計り知れない優越感に、ジルは酔いしれていた。


(……ふ~む……)


 セラの尻に視線が移る。薄手のロングスカートの下からしっかりと主張した可愛らしい臀部は肉付きの良い太腿と見事に絡み合い、匂うような色気を滲ませている。ジルは生唾を飲み込み、右手に神経を集中させた。


「……あ、あの~。ジル様?」


「え!?」


 不意にセラに視線を向けられ慌てて顔を逸らす。その不自然な挙動にセラの猜疑は更に深まる。


「そ、その~……。申し訳ないのですが、あまり見詰められると、集中できないと言いますか……」


「え!?俺そんなに見てたかなぁ!?ちょっとそこの木が気になってただけなんだけどなぁ!?」

 

 分かりやすく上擦る声。隠し事の内容は分からないが、隠し事をしているという事実が丸分かりの可愛い主人にセラは微笑を漏らした。


 装い切れていない無関心を装い周囲の草木を意味も無く物色し始めるジル。やはり視線は頻繁にセラの方へ向けられていた。


「今日の夕飯は何かなぁ」


「夕飯ですか?野菜のパスタを考えてますね」


「今日は肉が食べたいなぁ。それもがっつりとしたやつ」


「お肉ですか?そうですねぇ、今は干し肉しかないので作れる料理は限られますが……。お肉料理にしましょうか?」


「干し肉かぁ……。新鮮な肉を使ったステーキが食べたい」


「う~ん。それなら午後から買い出しに行きましょうか?」


「そうだねぇ。折角だし他にも何か買っておこうかな、新作の魔具とか気になるし」


「魔具ですか!?それは私も見てみたいで……。って。えっ!?な、なな何ですか?」


 ゆっくりと背後から近付いてきた強烈な獣の気配に、セラの身体が跳ねた。


 振り返った先ではジルが腕を組み、明後日の方向を眺めながら掠れた口笛を吹いていた。彼はそのまま踵を返すと適当な花壇の前で立ち止まり、花を愛でる素振りを見せる。


「……?」


 セラは暫くジルの大きな背中を眺め続ける。しかし、数十秒経ってもこちらに顔を向ける気配が無いので再びセラは魔法の練習を始めた。


 その瞬間、ジルは再び立ち上がる。少しでも気を抜けば命を落とす死線を潜り抜けてきたジルにとって、彼女の陽気な気配を察知することなど造作も無かった。


 完全に気配を殺した。音も無く、素早く獲物に近付く。空を裂き突き出されたその右手。勝利という名の尻を掴むのは目前であった。


「えっくし!」


「!?」


 刹那、セラの可愛らしい声が中庭に小さく響く。くしゃみの反動で突き出された弾力のある尻がジルの手を弾いてしまった。


「あっ!ミミズだ!」


 弾かれた右手を咄嗟に地面に突き刺す。


「……モグラみたいですね」


「ろくな食料が無かった戦時中はよく食べたものさ……」


 あまり気色のよろしくない暴露を聞かされ頬が引き攣るセラ。それは兎も角、流石のセラも疑問をぶつけた。


「ええと、ジル様?私に何か御用がおありなのですか?先程から何か気にされているようでしたが……」


「え!?いや!全く!全然!?」


「ジル様……?」


 まるで病に伏した子を見る母のような不安と慈愛に満ちた大きな瞳を向けられ、ジルの喉が詰まる。


「ジル様、私はジル様の奴隷です。何なりとお申し付けください」


「……りを……」


「はい?なんでしょうか?」


 視線をそらしもごもごと口ごもる主人に笑顔で問い掛ける。


「……お尻を……触りたい……」


「……え?」


「いや!勘違いしないでくれ!決して!決して邪な気持ちがあってそう言ってるわけじゃないんだ!これにはちゃんとしたワケがあるんだ!別にそれ以上を求めようとも思っていない!」


 男が女の尻を触るという行為に邪な気持ち以外の何があるというのだろうか。滅茶苦茶な言い様にセラは乾いた笑みを零すに留まった。


「ただ……。ただちょっとだけ。お尻が触りたいだけなんだ……」


 堅く瞼を閉じ、喉の奥底から捻り出したその持てる全ての感情を詰め込んだような言葉。戦場で強敵を討ち取った時でもこんなに感情を昂らせることは無かった。


 ジルはセラへ全てを白状した。教会に相談へ行った事も、新しい奴隷を買おうと考えている事も、女性に慣れるための特訓をしようとしている事も。


 悪魔と畏れられた男の弱々しい自白を聞かされたセラは、黙ってジルに背中を向けた。


「……セラ?」


「私はジル様の奴隷です。どうぞ、お好きなようになさってください……」


「いや、でも、前にも言ったけどそういう感じで無理矢理はちょっと……」


「ジル様の野望を果たすお手伝いが出来るのであれば、私も嬉しいです。それに……わ、私は、ジル様でしたら、触られるのは嫌ではありませんので……」


 ジルの鼻孔が広がる。急に中庭を包み込む桃色の雰囲気。彼は心の中で雄たけびを上げた。


 生唾を飲み込み、そして、ジルは遂にその手の平をセラの尻に当てる。


「んっ……」


 セラの肩が震える。不意に出た淑女の淫靡な吐息がジルの脳天に突き刺さる。少しずつ手の平に力を籠める度、セラの身体は硬直する。


「……じ、ジル様?ど、どうです、か?」


 白昼堂々の中庭で謎の情事に及んでいる気恥ずかしさからか、セラは茶化すような声で感想を急かした。


「想像してたより、カタいです……」


「え!?そ、そうですかね?」


 指が肉に沈む感触を期待していたのだが、触れたセラの臀部は爬虫類の鱗のように硬かった。


 下唇を噛み、何とも言えない表情を浮かべ手を離すジル。と、ここで振り向いたセラが申し訳なさそうに眉を垂らしながら呟いた。


「すいません。そう言えば、外での作業があるからとスカートの下に厚手のパンツを重ね着しておりました……」


「……」


「……ぬ、脱いできましょうか?」


「あ、いや、その、何と言いますか、目的は達成出来たので……大丈夫です……」


「あ、そ、そうですか……」


「…………」


「…………」


「あの、そ、それじゃ、俺は部屋に戻るから……。ありがとう。練習、頑張ってね……」


「あ、はい、頑張ります……」


 居た堪れない雰囲気を残したまま、ジルは中庭を後にした。


 しかし。しかし、である。


 確かに彼はセラの尻を触ったのだ。これは紛れもない事実。女の尻を触る事が出来たというだけでも彼にとっては大きな進歩だったのかもしれない。


 兎にも角にもジルは自室へ急いだ。その手に残る感触の記憶が消えない内に……。




 ―――――




 その日の夜。浴場にて。


「は、話は聞きました、ジル様……。わ、私も、一肌脱ぎます……脱がせてください……っ!」


「なんでさ!なんでそうなるのさ!」


 そこには文字通り一肌脱いだカリナの姿が。一糸纏わぬ身でありながらも耳と尻尾は生えたままという全裸以上に煽情的な姿を湯舟に浸かる主人に見せつけていた。


「すいません、ジル様。カリナちゃんにお昼の件の事話したら、自分も協力したいと言い出して聞かなくて……」


 そう言いながら湯舟に足を入れるセラもまた布切れ一枚所持していなかった。


「は、話しちゃったの!?あの件!」


「だ、ダメでしたか?」


「ダメじゃないけど!何でこういうことになるのさ!」


「女性に慣れたいとおっしゃっていたので……」


「そりゃ言ったけど!言ったけどもさ!でも物事には順序ってものが……」


 風呂場に轟く咆哮を余所に従者二人は左右から距離を詰め、主人を挟み込む。


「で、では、失礼して……」


「失礼、します……」


「え?えっ?えっ!?」


 セラとカリナは同時にジルの太く逞しい腕に手を回すと、そのまま腕を自身の膨らみに押し付けた。


「~~~~~~!!!!!」


 声にならない声を上げ、ジルは二人を振り解き湯を掻き分け浴場から逃げ出した。


 残された二人は頬に熱を残したまま顔を見合わせ、静かに笑う。


「流石に刺激が強過ぎましたかね?」


「フフ。そうみたいですね。次からはまたタオルを巻いて入るようにしましょう」


 やれやれと強がって肩を竦めるカリナ。セラも大きく息を漏らしながらゆっくりと湯舟に顔を沈めた。


 どうやら主人が女性に慣れるまではまだまだ時間が掛かりそうな気配であったが、しかし、それが確認出来た従者二人は謎の安堵に包まれていた。


 その日の深夜。ジルは過去一番悶々とした時間を過ごす羽目になってしまったのだった……。


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