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スレイブズ  作者: まさまさ
第1章
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第2話 傭兵の悲願

 ここ数十年、世界で最も巨大な大陸『メルキド』は、常に何処かで戦火が広がっていた。


 大陸の中に存在する八つの国が各々の領地、権利、または思想を主張し事あるごとに対立を繰り返しては多くの命が失われていった。


 人間だけではなく、ドワーフやオークといった魔族まで戦争に駆り出され生態系にも多大な影響が生じる事となった。


 ――その日は、雪でも降ろうかと言う寒い日であった。にも関わらず、火薬と血の匂いの混ざる薄暗闇に覆われた荒野は、梅雨上がりの夏日のようなぬるい熱気に包まれていた。


 雄叫びと、悲鳴と、金属のぶつかり合う音が混ざり合い、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されている中、その男は居た。


『オオオオオオオ!!!』


 屈強なドワーフの軍勢へ単身飛び込んだのは、黒い鎧を纏った傭兵。


 鉄仮面の中で反響し低く不気味に響き渡る雄叫びと共に、右手に握る巨大なメイスをまるで木枝のように軽々と振り回す。


 たった一振りで、最低でも三体のドワーフが鋼鉄の防具ごと身体を粉砕され命を落とした。


 掠っただけでも重傷は避けられぬ嵐のような猛攻に、命知らずで知られるドワーフ達は明らかな委縮を見せ、軍勢は彼を避けるように割れていく。


 隊列が崩れ足並みが乱れたところを見計らい、他の傭兵達も一斉にドワーフへ突撃を始めるが、鎧の男はメイスを黒く濁った血で染めながらただひたすら前へと駆けた。


 狙いは一つ。このドワーフの軍勢を率いる大将。人間どころか家屋すら見下ろす巨人、ギガース。


「――!?――!!!」


 薄黒く盛り上がった巨躯を震わせ、地鳴りのような声で何かを叫び散らしていたようだが、鎧の男は聞く耳を持たない。


 疾風の如き速さで足元まで詰め寄ると、その大木のような脚目掛け咆哮ともにメイスを叩き込んだ。


 濁った音と共にギガースの大木のような足がひん曲がり、ギガースは大量の涎を吐き出しながら苦悶を浮かべた。


 バランスを崩し地面に手を着くが、その手も再び振り抜かれたメイスにより吹き飛ばされ、前のめりに倒れたところに顔面への最後の一撃を叩き込まれる。


 ギガースは断末魔すら上げる間も無く絶命。


 大将を失い統率の無くなったドワーフの軍はその後、人間の傭兵達の手によって壊滅させられるのであった。



―――――



「全く、これじゃあどっちが化物かわかりゃしねぇな!」


 木樽のジョッキに並々注がれた麦酒を呷りながら、キザったらしい滑らかな金髪の男、『ロバート』は呆れたように声を上げる。


 数名の犠牲者を出しながらも大手柄を上げた傭兵の部隊は、戦場から少し離れた所にある宿場町で束の間の休息に身を投じていた。


「ギガースは動きが遅い。そこを突けば誰でも倒せる。要は、立ち向かう度胸があるかどうかさ」


 テーブルを挟んでロバートの正面に座る男、『ジル=リカルド』はのんびりと魔物の肉を焼いていた。


 レッドデビル。そう呼ばれる男は意外にも涼し気で爽やかな好青年といった顔立ちだ。淡い白が混じった灰色の頭髪は短く清潔感があり、大きな目からは紅玉の輝きを帯びた瞳が覗く。


 鼻筋は細く唇も淡白で、ポケットの多い枯草色の薄手の上着と、黒いズボンの上から窺える彼の身体は屈強ではあるが人並外れて大柄というわけではなく、その風体からはあの巨大なメイスを軽々と振り回し、自分より遥かに巨大な敵を肉塊へと変えていく怪物の姿はとても想像できない。


「簡単に言うけどよ、それが出来りゃあ誰も苦労しねぇっての。……ま、それが出来るお前のお陰で俺達は美味い飯にあり付けてるんだけどな!」


 高らかに笑いながらウェイトレスに酒の追加を頼むロバート。宿場町の中でも一番大きな酒場は今、ジルの所属する傭兵部隊で満員であった。


「それでは!『レッドデビル』もとい、ジル=リカルドの働きに感謝を込めて……乾杯!」


 ロバートの音頭に酒場が揺れる。崇められた英雄は困ったように眉を顰め、安物の麦酒よりも苦い笑みを浮かべた。


「明後日の作戦迄はこの町で待機らしいぜ」


「明後日……。そうか、いよいよ帝国の領地に攻め込むんだな」


 ジルの言葉に、それまで飄々としていたロバートの顔が神妙に染まる。


「この戦争、正直言って勝ち目があると思うか?」


 他の者には聞こえないよう口に手を当て小さな声で問うと、友は鼻で嗤い酒を呷った。


「あるわけないだろ。どう転んでも帝国には勝てない。そして俺達傭兵に勝ち負けは関係無い。要は、どれだけ活躍して自分の腕を売れるかさ」


「まぁ、そうだよなぁ……。しかしまぁ、出来る事なら帝国側に雇われたいもんだネ。向こうは金払いが良いって聞くし」


「その分人使いも荒いらしいぞ。それに、帝国に雇われたら圧勝過ぎて中々アピール出来ないからそこまで旨味が無いと思うけどな」


 燻製肉五枚を一気に頬張り、ろくに噛まず胃に押し込めるジル。運ばれてきた山盛りの料理が数分と経たず空になっていた。


「でもよ、ジル、お前クラスならもうアピールの必要無いだろ?それこそ向こうからお声が掛かるぐらいじゃないのか?」


「掛かってたよ。断ったけどな」


「かぁ~……。勿体ねぇ……。お前の帝国嫌いは筋金入りだよな」


「それはお前もだろ?」


「違い無い!」


 両雄豪快に笑い飛ばしながらジョッキをぶつけ合い酒を喉に流し込む。


 傭兵達は酒場の酒と食料が底を突くまで喧騒を楽しむと店を後にし、各々の宿場へと散らばっていく。


 ロバートとジルは同じ宿を取っていたのだが、風呂に入りいざ就寝といったところで、ロバートがノックも無しに部屋に飛び込んできた。


「おい!まだ夜は始まったばかりだぜ!」


 水玉模様の上下お揃いの寝間着姿のジルは、重い瞼を擦りながら恨めしそうな目で友を睨む。


「何だよ……。良い具合に寝付けそうだったのに」


「馬鹿野郎!寝てる場合じゃねぇぞ!何だその可愛い寝間着は!他の傭兵から聞いたんだがな、この宿場町にはなんと魔族の娼館があるって噂だ!これはもう行くっきゃないだろ!」


「……パスで」


 蝋燭の火を消し、頭から布団を被るジル。


「そんな連れない事言うなよ相棒~!お前はいっつもそうじゃねぇか!偶には付き合ってくれても良いんじゃねぇのか!?」


「……お前、俺に金を出させる気だろ」


「え?いや、そんなまさかぁ、ハハハ~」


 白々しい口振りに、更に深く布団を被るジル。


「なぁなぁ、堅い事言うなよ~。お前も一人前の男なんだから、いつまでも童貞ってわけにはいかないだろ?あのレッドデビルが、性別がメスであれば何でも喰らうと噂されているあのレッドデビルが、実は童貞でしたなんて締まらねぇぜ?ここいらで捨てとけよ、童貞!」


「童貞童貞うるせぇ!お前な、俺が童貞だってこと他人にバラしたらぶっ殺すからな!」


 レッドデビルがまさかの童貞であるという事実を知る者は少ない。


「お、おぉ……。分かった、今日も俺一人で行ってくるよ、まったく……。にしてもお前、童貞の癖にいっちょ前な願望だけはあるよな。なんだっけ?奴隷ハーレムだっけ?ちょっとそれは童貞クンにはハードルが高す……」


 ロバートはそこで息を止めた。布団から伸びたジルの手が、ベッドの脇に立てかけられていたメイスの柄に伸びていたからだ。言葉よりも明確なその意思に悪友は唾を呑み、そそくさと部屋から出て行く。


「…………」


 悪友の足音が聞こえなくなったところでジルはのそりと起き上がり、枕元に置いてあった水差しに直接口を付け、火照った喉を潤した。


「……魔族……かぁ……」


 ここしばらく男や怪物ばかりの戦場に身を投じていた童貞。魔族の娼館という甘美な言葉に、彼の脳は勝手な想像を掻き立てる。


「……っ!」


 危うく彼の中の男が暴発してしまいそうになるが必死に宥め、逃げるように再び布団へと潜り込んだ。


 ――彼には、夢があった。


 それは、ロバートも先程言っていた『奴隷ハーレム』。


 金を溜め、美しい奴隷を多く買い、いずれは自分も。という男の安い願望が詰まった夢であった。


 更にもう一つ、彼にはささやかな夢があった。それは、童貞を最高の女に捧げるという、拗らせた夢。二十台の後半を迎えようかという男の、ささやかだが、大事な夢。


 そして、戦争終結の翌年。十分に金が溜まったジルは傭兵稼業から足を洗い、悲願を成就すべく行動へと移ったのであった。

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