第6話 どこが悪魔なんでしょう①
「本日のクエストは、果物狩りで~す」
目的地に向かう馬車の中で発表されたクエストの内容に、麗しの女性二人は顔を綻ばせ手を叩く。事前に渡された資料には目的の果実の絵と名前が記されており、今回はその果実を十個程持ち帰る事がクエスト達成の条件らしい。
果実の名は『パメの実』。非常に甘く美味であるが採取できる場所が限られており、また栽培法も確立されていない為それなりの希少品となっている。
「これ、聞いたことあります!とっても甘くて美味しいんですよね!これでパイを作ると絶品なんだとか!」
「パイ……」
カリナが瞳を輝かせ、涎を垂らす。
「そうそう。今回はそれの採取なんだけど、たくさん実ってたら少し余分に採ってセラにパイを作ってもらおうと思ってね」
「ホントですか!私、腕によりをかけちゃいます!」
やはりエルフであるセラは植物について詳しいのかこのパメの実の希少性と品質を理解しているようだ。カリナも美味しいパイが食べられると聞いて尻尾を振っている。
「一応魔獣も出るからそこは注意しないとね」
「そ、そうなんですか?」
「そりゃあね。だからこそギルドに依頼を出すわけだし。まぁ安心しなよ。俺が居るんだから」
レッドデビルが護衛をしてくれるというのだ、これ以上安心できるクエストも無いだろう。だが、やはりセラもカリナも『魔獣』という言葉を聞いて少し表情が引き締まっていた。
「……そう言えば、ミスラさん、とても綺麗な人でしたね」
黙って外の景色を眺めていた三人であったが静寂に耐えかねたのか、それとも興味本位なのか、セラが先ほどのギルドでの事を話し出した。
「ん?あぁ、まぁそうだね」
「あんなところにあんな美人が居たら、何かちょっと危ない気がしますね……」
「あ、それは大丈夫。ミスラはそこらの男が束になっても敵わないからね」
「えぇ?そうなんです?」
「体術も勿論だけど、魔法も使えるからね。結構強いよ」
俺ほどではないけどね、と何の参考にもならない備考を添える。
「人は見かけによらないんですね……」
「だね。あ、それと。本来なら素人がこうしていきなりクエストに参加することは難しくてね。ミスラが無理を通して登録してくれたんだよ。だから、帰ったら二人ともちゃんとお礼を言っておくんだよ?」
はい。と二つの良い返事に、ジルも鉄仮面の下で顔を綻ばせた。
――――――――――
「お客さん、到着したよ」
御者の声に、待ってましたと言わんばかりにセラとカリナは馬車から飛び降りた。
舗装されていない道を走る馬車の乗り心地は最悪で、二人ともすっかり尻を痛めてしまっていた。ジルはそれもクエストの醍醐味と笑うが、柔らかいお尻の持ち主にはそれを楽しむ事は出来なさそうだ。
降り立ったのは深い森への入り口。『危険!一般人立ち入り禁止!』と書かれた看板がいくつも立っている。
馬車も逃げるように来た道を帰って行った。あの馬車が次にここに来るのは五時間後。それまでにクエストを済ませないと徒歩で帰る羽目になるだろう。
「さて、それじゃあ装備の確認といこうか」
既に度が過ぎて準備万端な鎧姿の大男は、抱えていた巨大な皮袋を降ろし、中からいくつかの道具を取り出した。
「はいコレ。使って」
セラとカリナに手渡した三つの小袋の中にはどれも細かい粉のようなものが入っている。
「何ですか?これ」
「日焼け止めに虫よけ、それと消毒薬。結構いい物みたいだから使ってみてね」
「あ、ありがとうございます」
ピクニック気分ではないと言った割には、随分とそれに準じた物を持ってきている主人であった。
因みに、彼女達が着ている服は極寒地に生息する伝説の魔獣『ヴォルガニアント』の毛皮が編み込まれたもの。
灼熱の陽射しの中でもまるで水浴びをしているかのように心地よい冷気を発し、尚且つ物理的な衝撃のみならず魔法に対する障壁効果も兼ね備えたとんでもない服だ。
上下セットで豪華な馬車が買える値がする物であるが、着ている当人達はそれを知らず、また、購入したジル本人も『涼しくなる丈夫な服』程度の認識である。
「では、果物狩りに出発しよう!」
「「はい!」」
看板の忠告を意気揚々と無視し、森へと足を踏み入れる三人。過去に幾人もこの地に足を踏み入れたのだろう。道はそれなりに踏みしめられていた。
久々に自然の中に身を置いているセラの足取りは軽やかで、小鳥の囀りに合わせて鼻歌を歌いステップを踏んでいる。カリナは逐一足を止めては鳥や草木を物珍しそうに眺めていた。
道中の邪魔な草や小枝は全てジルが薙ぎ払い、大きめの石は蹴飛ばして進む為、セラとカリナは快適なピクニックを楽しむことが出来ていた。
上機嫌な従者二人を見て主人もご満悦の様子。これだけ喜んでもらえるならまた連れてくるのも良いかもしれないと思いつつ、しっかりと彼女達の周囲に気を配り続ける。
虫の一匹でも触れようものなら一瞬で粉微塵に消し飛ばすだけの警戒は張り巡らせていた。
十数分歩いただろうか。緑も深みを増し、昼前だというのに随分と薄暗くなってきた。道も途切れ途切れになり、遂には彼らを導く標が無くなってしまう。
まるで世界から隔離されたかのような静けさだが、寧ろセラとカリナにとっては非日常を楽しむ要因の一つでしかないようだ。
「さて、ここからどうしようか……」
ジルが足を止めたことにより、自然と後ろの二人の動きも止まる。
「どうしました?」
「いや、道がね……。って、何その草?」
顔を覗き込んできたセラの仕草にときめきながら、彼女が胸に抱えた多種多様な草に視線が移る。
「あ、これはですね、主に薬草です。しかも結構珍しい薬草ですね!そこら中に生えてたので、少しもらってきちゃいました」
「へ~……。凄いな。俺には雑草にしか見えないや」
「フフ……でしょう?これは火傷に効きます、これは止血効果がありますね。これは風邪の飲み薬になります。そしてこれは……」
一つ一つの薬草の効能をカリナとジルは聞き入っていた。彼女の眼には森のあらゆる植物が手に取るように解るのだろう。しかも聞けばかなりの高額で取引されている薬草もあるようだ。
(これから森のクエストに行くときは同行をお願いしようかな……)
思いもよらなかった副産物。流石は森の主と呼ばれるエルフ名だけはあると嘆息を漏らすジル。
「お手柄だね。セラ。ただ、それだと泥が付いて汚いから袋に入れなよ」
「あ、そうですね。ありがとうございます」
腰にぶら下げていた袋を手渡す、その際、本当にただの親切心で付いた泥を払ったのだが、幸か不幸かその手が触れた部分はセラの胸であった。
それに気付いたご両人。ほんのりと顔を赤らめ俯くセラに対し、ジルは鎧の中で白目を剥いていた。
「あっ!そ、そう言えば、どうかしたんですか!?道がどうとか言われてましたが!」
「おっ!そ、そうそう!こっから先の道をどう進もうか悩んでてさ!アハハ!」
カリナからのじっとりとした視線に気付いた二人は、取り繕うように早口で会話を続ける。
「……って、道が分からないって、大丈夫なんですか!?」
事の重大さに気付いたセラが悲鳴にも似た声を上げるも、ジルは乾いた笑い声を上げ頬を掻く。
「簡単に採れる場所にあるものは粗方採りつくされちゃってるからね。そういう場合は未開の地を突き進むしかないのさ」
「そ、それで……。検討はついてるんですか?」
「全く!」
「……」
魔獣が生息する深い森の中を宛も無く彷徨わなければならない可能性に、セラの表情が若干引き攣る。
更に恐ろしい事に、時間通りにクエストを達成しなければ僻地に置いてけぼりなのだ。下手に迷いでもして帰れなくなったら大事である。
「あの、それでは、地道にパメの実を探すという事ですかね……?」
否定してほしいと心から願うセラの言葉は、彼女がパメの実に関して詳しいからこそ出た言葉であった。
パメの実は果樹の枝に成る実なのだが、その樹木は至る所に群生している他種の樹木と区別がつきにくく、更にその果実は木の葉と非常に酷似した色をしている。適当に散策して簡単に見つけられるようなものではない。
「まぁ勘だよ、勘。日頃の行いが良ければ直ぐに見つかるさ」
つい先ほど神への祈りを怠った男の言葉は随分と説得力がある。セラは最悪の事態を覚悟した。
と、その時。
「……ジル様、ジル様。何だか、甘い匂いがします」
カリナが目を閉じ、鼻をひくひくさせながらそう告げた。
「え?まさか、パメの実の匂いが分かるの?」
「これがパメの実の匂いなのか分かりませんが……。なんだか向こうの方から匂ってきます……」
カリナが指差したのは方角は、より深く草木が生い茂り人の侵入を拒む自然の中。もし彼らが適当に進もうと判断した場合、真っ先に消去される、というより候補にすら挙がらない方向であった。
「う~ん。俺には全く匂いが分からないけどなぁ。流石は獣人と言ったところか……」
そんな鎧を身に着けていては匂いなんて分かるわけもない。と言いたげな乾いた笑みを浮かべる従者二名。
何はともあれ、カリナが指示した方角に向け一行は迂回しながらも何とか通れる道を選び、奥へと進む。
「こっちですね。あ、だんだん匂いが強くなってきました。もう少し右ですね」
列の先頭に立ち一行を誘導するカリナの背中が頼もしい。彼女の獣人としての感覚は、探索系のクエストで大いに力を発揮してくれる可能性がある。
その点に気付いたジルは、先ほどのセラの活躍も相まってもしかしたらかなり優秀なパーティーになるのではないかと少し期待していた。
危険なクエストには連れて行けないが、同じような探索系のクエストがあれば二人に同行をお願いするのもアリかもしれない。
「あそこ!あそこです!多分あの辺り……!」
彼女の小さな指が示したのは何の変哲も無い樹木。しかし成程、近付いてみると非常に甘い香りが全身に纏わりついてくる。と言っても人工的に作られた甘味料のねっとりとしたしつこい甘みとは違い、鼻を通り抜け身体中に巡るような爽やかな香りだ。
「……あ!ありました!ジル様!パメの実ありましたよ!ホラ!」
セラが樹木に駆け寄り嬉しそうに頭上を指差す。そこにあったのは、樹木に生い茂る木の葉と同じ深い緑を帯びた細長い果実であった。
「うおお!マジであった!しかも結構実ってる!これならここだけ採取すれば依頼達成出来そうだ!凄いぞカリナ、大手柄だ!」
ジルもこれには大層喜び、大活躍の少女の頭を少し乱暴に撫でる。カリナは嬉しそうに目を細めスカートからはみ出た尻尾を振るが、しかし、突如彼女の耳がけたたましく動き出した。
「じ、ジル様!何か来ます!」
「みたいだね」
ジルも気付いていた。カリナは耳で、ジルは気配で感じ取る。唯一セラだけが何も解っておらず、それ故か、『それ』が目の前に現れた時の反応は彼女が一番大きかった。
「き……。きゃあぁぁぁ!?」
森中に響き渡るセラの悲鳴。彼女の前に現れたのは、鎧を着たジルよりも二回りは大きい魔獣、オークであった。
膨れ上がった筋肉に茶色の肌。凹凸の深い顔に大木のように太い手足。着ている衣服は冒険者達から奪った物だろうか、サイズがまるで合っておらず所々が破れ随分と汚れている。
巨獣は巨大な鼻で荒い息を立てながら、こちらを見下ろしていた。




