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スレイブズ  作者: まさまさ
第8章

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第8話 門前払い

 かつてこの大陸には『ドラゴン』という生物が居た。『かつて』と言っても何時から何時までかは曖昧で、『居た』といってもその数は明確ではない。兎も角、かつてこの大陸にはドラゴンが居た。


 ドラゴンには大きく分けて二つの種類があった。一つは威厳と畏怖を備え、大空を支配し、あらゆる生物の頂点に君臨する『王』としての存在。


 そしてもう一つは人の言語を解し、人に慣れ、人の生活に溶け込んでいた『ペット』や『家畜』としての存在。


 種族や生態こそ多様なれど、大雑把に見ればその二種類に分類できた。どちらもその殆どが絶滅し、今となっては御伽噺や伝説上の存在となっている。


 そして今、二人の帝国軍人の目の前で噴水での水浴びに興じる錆色鱗のドラゴンは、間違いなく後者の類であった。


「め、メルロー様。わ、私、ドラゴンなんて初めて見ましたよ……」


 声の震えは感動か恐怖か。サルトーラのその言葉にメルローも唸る。


「いやぁ……。こりゃすげぇや。俺もドラゴンなんてガキの頃に一回見たことがあるけど、こんな間近で拝んだことは無いな。しかも、ベムドラゴンだ。翼は無いみたいだが……」


「えっ!?ベムドラゴンって、あの……!?」


 と、ここでサルトーラの声に気付いたベムドラゴンは、水のカーテンから顔を出す。


 二人は咄嗟に上半身を引くが、ドラゴンは一旦顔を引っ込めると巨体を重そうに引き摺りながら噴水から降り、傍にあった木の枝に掛けてあったタオルで器用に身体を拭き始めた。


 呆気に取られていた両名だが、更にそのドラゴンは玄関脇に置いてあった小さな箱から木製のカップ二つと水差しを爪に挟んで取り出すと、なんとそれを二人に手渡し、水を注いだのだ。


 その水は良く冷えており、直ぐに結露が浮かんだ。メルローとサルトーラは目を丸くしてお互いに視線を合わせる。


「え、えっと……。飲めってこと、ですかね?」


「……そう、らしいな……」


 疑いの心はあった。しかし、この状況に混乱していたこと、そして猛暑の中馬車に揺られ続けた疲労感と強烈な喉の渇きも相まって、二人は引き寄せられるようにカップの縁に口を付け、ひと思いに傾ける。


 良く冷えた、美味い水であった。


 あまりの美味さにその冷気が指先まで突き抜ける錯覚を受ける。気付けば、ドラゴンは二つの丸めたタオルを巨大な掌に乗せ差し出してきていた。


「……え、っと……」


「……マジか」


 差し出された空の掌にカップを乗せ、タオルを受け取る二人。このタオルも良く冷えており、二人は貪るように顔を拭く。


「ベムドラゴンは昔、人間と同じ生活様式で暮らせていた賢い種族だとは聞いていたが……。なんか、納得だな」


 大いに同意する部下の横で、メルローは使い終わったタオルをドラゴンに渡した。面食らったままの二人をよそに、ドラゴンは玄関脇に置いてあった大きめのベルを無造作に振り鳴らした。


 お世辞にも楽器と呼べるような音色ではなかったが、屋敷の人間に来客を伝えるには十分な音量だった。


『は~い。ただいま参りま~す』


 屋敷の中から聞こえてきたどこか子供っぽい、しかし清らかな声に、二人の客人は慌てて玄関扉の前へ並ぶ。少しして、屋敷へ繋がる巨大な扉が遠慮がちに開かれた。


 現れたのは、メイド服姿の女エルフであった。


 その瞬間、若き将校の頭の中は称賛の言葉と感情で埋め尽くされた。悪魔と噂される男の屋敷から出てきた眩いほど美しい美女に、サルトーラは魂が抜けたように見惚れていた。メルローも彼女を見て「ほぅ」と顎に手を当て感心を見せる。


「どちら様です……か……」


 彼女の碧い瞳に映った来客の服装が、言葉を淀ませた。その服装は彼女にとって、最も忌み嫌うものの一つであった。


 穏やかであどけなかったエルフの顔に影が差す。まるで氷の様に冷たく表情を尖らせ、凛とした佇まいを見せた。


「突然の訪問、誠に失礼致します。わたくし、第二帝国軍所属のサルトーラと申します。こちらも同じく、メルローと申します。本日は、反乱軍のバラドの件でジル様にお尋ねしたことがございまして、不躾ながらこうして参らせて頂いた次第です」


 サルトーラはなるべく柔らかい口調に笑顔を添えてそう告げた。しかしそれでも、メイド姿のエルフからは猜疑に満ちた視線が送られてくる。


「無論、貴方達を尋問しようとか逮捕しようとかそういうつもりは全くございません。話を聞くだけです。貴方の御主人がバラドと通じるような男ではないという事は解っております。解っておりますが、それでも、我々が血眼で行方を追っている反乱軍の大幹部とあのレッドデビルが接触したとなれば、こちらとしても調査しないわけにはいかないのです。立場をご理解いただきたい」


「信用出来ません。それに、もう我々には関わらぬよう主人との間に取り決めがなされている筈です。申し訳ありませんが、お引き取り下さい」


「いや……、しかし……」


 食い下がろうとする部下の肩に上官の手が置かれる。


「仕方ないわな。向こうの言い分に利がある。そういう事なら、俺達は帰るとするさ。……でも、その取り決めはあくまでも、レッドデビルが帝国に対し危害を加えない限りの話、ということは理解しておきなよ?お嬢さん?」


 エルフの返事は無かった。黙って閉じられる扉の前で、メルローは不敵な笑みを浮かべ彼女の無機質な表情を目に焼き付けていた。


「……門前払いされてしまいましたね」


「ま、何となく予想はしてたけどな。にしても、流石は氷結系の凄腕魔法使いだ。態度も良く冷えてた」


 上官のジョークに口だけの笑みを作る部下。


 二人は長旅で疲れた身体を引き摺りながら、再び水浴びを始めていたドラゴンを横目に馬車へと乗り込んだ。急激に上昇する体感温度に二人の表情が歪む。


 ヴァローダの命を受けたのはよいものの、レッドデビルと面会することすら叶わなかった二人は早速最低限の仕事を果たさねばならぬ羽目になっていた。


 つまり、監視である。


「さて。それじゃ、後は任せたぞ」


「はい。……って、メルロー様にも居てもらわないと困りますよ!私一人だと何かあった時に対処できないじゃないですか!」


 悲鳴にも似た文句に耳を塞ぐ上官。


「え~。めんどくせぇな……。俺は適当な村の宿屋で寝てるからさ、何かあったら魔具使って連絡しろよ」


「そんな悠長な時間あるわけないでしょう!もう!何の為に貴方が派遣されたと思っているんですか!」


「いや、でもお前、監視て……。俺、デアナイトだぞ?知ってるか?帝国内でのデアナイトの地位。王の次だぞ?そんな人間にお前、監視なんて仕事させるかね?」


「……」


 下唇を噛み、喉から捻り出したい言葉を必死で堪えるサルトーラを前に、メルローは大きく溜息を吐いた。


「分かった、分かったからそう怒鳴るな……。なら、なるべく涼しいところにしようぜ。近くに小さな森があったろ。取り敢えずそこに行こう」


「全くもう……頼みますよ……」


 かくして、帝国より馳せ参じた二人はレッドデビルの居城の近くにある森に身を潜め、来るべき時を待つのであった。


「取り敢えず俺は寝るから、何かあったら起こしてね」


「…………了解です」




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