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スレイブズ  作者: まさまさ
第8章

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第4話 敏感になってるからやめてくれる?

「随分と、酷い目に遭ったようだなぁ」


 嫌味なまでに眩しい黄金の髪を整えながら、ロバートはとこに臥している友へと声を掛ける。


 緊急連絡用の魔具。その連絡相手はロバートだった。セラが魔具を使用して彼がここに着くまで半刻と掛かっていない。


「で、何があったんだ?」


 衣服から汗を滴らせながら問うロバートに、寝ているジルの額を冷えたタオルで拭くセラが事の成り行きを説明した。


「なるほど。大体分かった。思っている以上に事態は深刻みたいだな。取り敢えずジルを何とかしないとね。生命活動に支障をきたさないレベルにまでは魔力を補給しないとだ」


「え……。ま、魔力を失っても、命を落とすまでにはならないのでは……?」


「普通はね。だが、こいつの場合は違う。ある程度の魔力が無いと、《《抑え》》切れなくなる」


「抑え……?」


 理解に乏しいセラの反応を見て、ロバートは呆れたように鼻息を漏らし、肩を落とした。『まだ言ってなかったのか。意気地無しめ』。そんなメッセージを前に、ジルは微かに舌を打った。


「ま、こいつの有してる魔力量は規格外だからね。その分、ほぼ空になるまで失った時の負担は普通の人間より遥かに重い。だから、早いとこ何とかしないと死んじゃうかも」


「えっ!!?そ、そんなっ!!ど、どうすれば!?」


目に大粒の涙を湛えるセラを見て、ロバートは居心地が悪そうに頭を掻く。


「簡単な事だよ。誰かの魔力をコイツに分け与えれば良い。普通はそんなことをしたら魔力の不和で身体がガタガタになるけど、魔力がほぼ空の今のコイツになら十分な応急処置になると思うよ。確かエルフって、そういうの得意な種族じゃなかったっけ?」


「い、一応村で何度か試したことはありますが……。ほ、本当に大丈夫なんですかね……?」


 魔力の受け渡しは種族によって得手不得手がある。サキュバスやエルフは得意とする種族であるが、人間同士では殆ど受け渡しができないことが知られている。今、この屋敷にセラが居たことはジルにとって幸運であった。


「大丈夫大丈夫!今のところそれ以外に方法は無いだろうし、取り敢えず試してみよう!なぁに、失敗しても死にはしないでしょ!だってジルだし!」


「わ、わかりました!」


 謎の自信に後押しされるセラ。その時のジルは何とも嫌そうに眉をひそめていたが、誰にも気付かれることは無かった。


 魔力の受け渡しには最低でも素肌同士を接触させる必要がある。セラは逡巡の後、手と手を合わせる事にした。


「し、失礼します……」


 ブランケットに隠れたジルの右手をそっと手繰り寄せる。彼の手が露になった瞬間、セラの口から声が漏れた。


 ロバートの目が僅かに細る。セラの手に支えられたジルの右手は、指の第二関節までが鬱血しているかのように赤黒く染まっていた。


「こ、これは……」


「魔力の欠乏症の一種だろう。さぁ、早く補給を」


 欠乏症にこのような症状は存在しない。だが、その言葉を耳にしたセラは躊躇うこと無く不気味に変色したジルの手を自らの両手で包み込んだ。


 一気に注入すると危険なので、ゆっくりじわじわと。魔力の表層、上澄みのみを指先から染み出させるような感覚でセラはジルに魔力を送り込む。


「……」


 焦りからか、セラは少し魔力を強めてみた。その途端、ジルの口からくぐもった声が漏れる。


「あ!す、すいません……」


「だ、大丈夫……。続けて……」


 喋れるまでに回復したジルに安堵したか、セラの肩が少し解れた。数十秒すると赤黒く濁っていたジルの指先は本来の色味を取り戻し、呼吸もやわらいできた。替えの水を持ってきていたカリナがセラに代わり主人の顔の汗を拭く。


 その光景に、ロバートは不機嫌そうに唇を尖らせた。


「もう大丈夫。後は自然回復でなんとかなるだろうさ」


「は、はい……?」


 安堵を顔に浮かべ手を放そうとするセラであったが、しかしジルがそれを許さなかった。彼の武骨な手が彼女の手を優しく掴んで離さない。


「まだダメかもしれない……。も、もうちょっと……」


「あ、あら?そうですか?仕方ないですね……」


 主人が甘えているだけということは理解していたが、いや理解しているからこそ、セラは再びジルの手を嬉しそうに包み込もうとする。が、ロバートがその手を無理矢理奪い取った。


「じゃあここからは俺がブチ込んでやるよ」


「触るな。殺すぞ」


 ジルは友の手を叩き落し、上半身を起こす。


「元気じゃねーか」


「おかげさんでな。……あ~あ、服が汗まみれだ。水浴びてこないとな……」


 いつもの調子を取り戻した主人に漸くリラックスした表情を見せる従者二人の横で、ロバートは問う。


「で?わざわざ俺を呼び出したワケを教えてもらえるか?こちとらクエスト中だったんだぞ。それに見合う内容なんだろうな?」


 本当にどうにかして助けてもらいたい時の為にお互いが持つようにしていた緊急連絡用の魔具を、指の隙間で回す。カリナが用意した水を一口だけ喉に流し、一息ついたところでジルは答えた。


「ククルがバラドの下へ向かっている。彼女より先にバラドに会い、その事を説明して、ククルを止めてほしい」


 十分過ぎる内容に、ロバートはぽっかりと口を開いたまま固まった。


「……いや、マジ?何でま……あぁ、さてはバラドに昔何かされたとかか。それでお前の魔力を吸って、その力で復讐しようってことか?」


「呑み込みが早くて助かる」


「成程ねぇ……。俺だってバラドと関わり合いになりたくない。何されるか分かったもんじゃないからな。悪いけど、その頼みは聞けないね。……って言っても、お前は納得しないんだろうな」


 ジルから向けられた真剣な眼差しに、旧友は苦い笑みを浮かべながら肩を落とす。


「お前が行けって言いたいところだけど、その様子じゃあまともに動けそうにないしな。やれるだけはやる。ただ、期待はするなよ」


「助かる」


 渋々ながらも頼みを受け入れるロバートだが、断られて当然だと思っていたジルにとってはそれは拍子抜けするぐらいの快諾であった。


「ただ、こっちには手を回せなくなることは理解しておけよ。そこまでは面倒見切れないからな」


「分かってるよ。そこまで迷惑かけるつもりは無い。これはウチの問題だからな」


「なら良いんだ。因みに、お前今、魔法を使おうと思えば使えるか?」


「……ちょっと、やってみよう……」


 ジルはいつものように鎧を顕現させてみる。が、やはり魔力不足なのか、頭の部分だけしか生成できなかった。あまりにもアンバランスな見た目にカリナは震えながら真顔で下唇を噛み、セラは口を押え横を向いた。


「いや……。キモいわ。マジでキモい」


「その言葉、今すっごく敏感になってるから止めてくれる?」


 兎も角、今のジルに戦闘力が無いと判断したロバートは汗を洗い流さぬまま友の頼みを遂行しに出て行った。


 ジルも寝ているわけにもいかずベッドから降りようとするが、急激な魔力の消耗が予想以上に彼の身体を蝕んでいるらしく、思うように動けない。


 結局、その日は悶々としながらベッドの上で過ごすことになってしまったのだった。



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