表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/64

2-4 英雄グラヴィスの回想

 エネルは倒れたまま、木の下で苦しげに呻いていた。表情には悔しさがにじみ出ている。


「なんてこった、燃料切れかよ。魔力が尽きちまった。こんな木なんかじゃ、俺は倒せねえ。だが、悔しいが、少し疲れ過ぎちまったようだ」


 木の下敷きになってもなお、その気迫は消えていない。


「チクショウ……俺はまだ、グラヴィスのようにはなれねぇな……」


 エネルの口からその名前を聞いた瞬間、僕はハッとした。グラヴィス――英雄の名だ。エネルは正しい志を持っているかもしれない。あのグラヴィスの名を口にする者が、悪人とは思えない。


「エネル、お前はどうしてソルディアス教団に加担しているんだ?」


 僕は問いかけた。エネルは一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて表情を引き締め、低い声で答えた。


「……俺は、ただ強くなりたかった。誰にも負けない強さを手に入れて、困ってる人たちを守れるようになりたかったんだ……教団に入れば、その力が得られる。……そのはずなんだが……」


 彼の言葉は途切れがちで、どこか虚ろだった。僕の念話で感じ取ることのできる感情の断片も、まるで所々遮断されているように感じた。何かが彼を縛っている――もしかすると、彼は今、自分の意志で動いていないのかもしれない。


「エリナ、彼は悪い人間じゃなさそうだ。だけど、何者かに操られているのかもしれない」


 僕がそう言うと、エリナは真剣な顔つきで頷いた。


「はい、ソルディアス教団の指導者、ゼノルスは人を操る魔法を使います。彼もその影響を受けている可能性があります」


「そんな恐ろしい魔法があるのか……」


 僕は息を呑んだ。他人を意のままに操るなんて、あまりに危険な魔法だ。エネルが自分の意志で戦っていなかったのだとしたら、正気に戻せば、仲間になってくれる可能性もある。


「私の光の浄化魔法なら、洗脳を解けるかもしれません。ただ、この魔法の効果が得られるまでには、かなり時間が必要です。彼がその間に回復してしまったら、再び脅威になるかもしれません」


 光の浄化魔法ーー彼女が、ルミナスの聖女と呼ばれる理由となる魔法だ。だが、確実に成功する保証がないのであれば、すぐにとどめを刺すか、逃げる方が賢明なのかもしれない。僕は一瞬迷ったが、その時、フォレスティアの声が脳内に響いた。


『シン、彼もまたボクたちの目的にとって必要な存在だよ。助けてあげて』


『分かった……』


 僕はフォレスティアの言葉に従い、エリナに答えた。


「エリナ、彼の洗脳を解いてくれ。時間がかかっても構わない。僕がなんとかする。もし彼が仲間になれば、これほど心強い存在はいないからね」


 エリナは少しの間、エネルの表情をじっと見つめた後、静かに頷いた。彼女は手をかざし、魔法を発動させる。


 ーー浄化の陽(エンライト・ソル)ーー


 美しい、小さな太陽のような球体が生み出され、あたりを照らす。柔らかな光がエネルを包み込み、その体を優しく癒していく。


「エネル、君もグラヴィスを追いかけているんだな」


 僕は彼に向かってゆっくり話しかけた。グラヴィス――それは僕も憧れている英雄の名前だ。


「グラヴィス……彼は、本当にすごいよ」


 エネルの言葉を聞きながら、僕は過去を思い出していた。グラヴィス――彼の魔法は大地をも操り、単身で数々の戦場に立ち、敵軍を撃退してきた英雄だ。彼の前では、どんな強固な城壁も意味をなさなかった。


 だが、それ以上に彼は力を持つ者としての責任を全うする男だった。力を決して乱用せず、常に正しい判断を下し、人々を守ってきた。彼の姿に、僕は憧れ、いつか彼のようになりたいと思っていた。

 そんなグラヴィスは子供達には誰にでも優しく、僕も良くしてもらっていた。

 ある日、僕は思い切って、グラヴィスにフォレスティアの予言を打ち明けた。にわかには信じられないような話であるのに、グラヴィスはそんな僕の話を真剣に聞いてくれて、グラヴィスなりに調査をしてくれると言ってくれた。また、必要な時には必ず力を貸すとも、約束してくれたんだ。


「グラヴィスはずっと、俺の目標なんだ……」


 エネルがそう呟く。


「ああ、僕もいつかグラヴィスみたいになりたいって思ってる。僕もまだまだ彼にはほど遠いけどね」


 グラヴィスの話をすることで、僕たちは先ほどの戦いのことは忘れ、すっかり意気投合していた。


「でもな、正直、最近教団のやってることに疑問を感じていたんだ。正義を掲げているが、やっていることが、何かが違う気がするんだ……」


 エネルの目は迷いを帯びていた。教団に従いながらも、そのやり方に疑念を抱いていたのだ。彼の内には、強い正義感が残っている。


「エネル、君は、強さだけを求めて戦ってるわけじゃないんだろ? 困っている人を助けたいって言っていた」


 僕は彼に向かって笑いかけ、思い切って聞いてみた。


「なら、教団なんてやめて、僕たちと一緒に戦おう。僕たちは、世界中の人たちをみんな救おうとしているんだ。君の力があれば、もっと多くの人を救える」


 エネルは一瞬目を逸らし、迷うように唇を噛んだ。しかし、やがて彼は肩の力を抜き、深い息を吐いた。


「……お前、本当に面白い奴だな。話を聞いてれば、確かに教団の連中よりは、お前らの方が信じられるかもしれない」


 そう言って、彼はゆっくりと立ち上がり、僕を見つめた。


「よし、いいぜ。お前らと一緒にやってみるか」


 その言葉を聞いて、僕は心底安堵した。エリナの浄化魔法は無事に成功し、エネルの心は解放されたのだ。

ブックマーク登録、ありがとうございます。大感謝です!


『面白いかも!』『続きを読んでやってもいい!』と思った方は、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』を入れていただけると、とても喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
『念話』の能力ってチート過ぎる。 仲間が増えましたね! 戦闘シーンがハラハラしましたが、無事に勝てて良かったです! これからがどうなるのか楽しみです!
とりあえず仲間を増やさないことには、この主人公の強みは発揮されないので、片端から勧誘作業となるのですね。自然、主人公は口が上手くなりそうです(笑)彼らがどのような道を歩むこととなるのか、とても楽しみで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ