2-4 英雄グラヴィスの回想
エネルは倒れたまま、木の下で苦しげに呻いていた。表情には悔しさがにじみ出ている。
「なんてこった、燃料切れかよ。魔力が尽きちまった。こんな木なんかじゃ、俺は倒せねえ。だが、悔しいが、少し疲れ過ぎちまったようだ」
木の下敷きになってもなお、その気迫は消えていない。
「チクショウ……俺はまだ、グラヴィスのようにはなれねぇな……」
エネルの口からその名前を聞いた瞬間、僕はハッとした。グラヴィス――英雄の名だ。エネルは正しい志を持っているかもしれない。あのグラヴィスの名を口にする者が、悪人とは思えない。
「エネル、お前はどうしてソルディアス教団に加担しているんだ?」
僕は問いかけた。エネルは一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて表情を引き締め、低い声で答えた。
「……俺は、ただ強くなりたかった。誰にも負けない強さを手に入れて、困ってる人たちを守れるようになりたかったんだ……教団に入れば、その力が得られる。……そのはずなんだが……」
彼の言葉は途切れがちで、どこか虚ろだった。僕の念話で感じ取ることのできる感情の断片も、まるで所々遮断されているように感じた。何かが彼を縛っている――もしかすると、彼は今、自分の意志で動いていないのかもしれない。
「エリナ、彼は悪い人間じゃなさそうだ。だけど、何者かに操られているのかもしれない」
僕がそう言うと、エリナは真剣な顔つきで頷いた。
「はい、ソルディアス教団の指導者、ゼノルスは人を操る魔法を使います。彼もその影響を受けている可能性があります」
「そんな恐ろしい魔法があるのか……」
僕は息を呑んだ。他人を意のままに操るなんて、あまりに危険な魔法だ。エネルが自分の意志で戦っていなかったのだとしたら、正気に戻せば、仲間になってくれる可能性もある。
「私の光の浄化魔法なら、洗脳を解けるかもしれません。ただ、この魔法の効果が得られるまでには、かなり時間が必要です。彼がその間に回復してしまったら、再び脅威になるかもしれません」
光の浄化魔法ーー彼女が、ルミナスの聖女と呼ばれる理由となる魔法だ。だが、確実に成功する保証がないのであれば、すぐにとどめを刺すか、逃げる方が賢明なのかもしれない。僕は一瞬迷ったが、その時、フォレスティアの声が脳内に響いた。
『シン、彼もまたボクたちの目的にとって必要な存在だよ。助けてあげて』
『分かった……』
僕はフォレスティアの言葉に従い、エリナに答えた。
「エリナ、彼の洗脳を解いてくれ。時間がかかっても構わない。僕がなんとかする。もし彼が仲間になれば、これほど心強い存在はいないからね」
エリナは少しの間、エネルの表情をじっと見つめた後、静かに頷いた。彼女は手をかざし、魔法を発動させる。
ーー浄化の陽ーー
美しい、小さな太陽のような球体が生み出され、あたりを照らす。柔らかな光がエネルを包み込み、その体を優しく癒していく。
「エネル、君もグラヴィスを追いかけているんだな」
僕は彼に向かってゆっくり話しかけた。グラヴィス――それは僕も憧れている英雄の名前だ。
「グラヴィス……彼は、本当にすごいよ」
エネルの言葉を聞きながら、僕は過去を思い出していた。グラヴィス――彼の魔法は大地をも操り、単身で数々の戦場に立ち、敵軍を撃退してきた英雄だ。彼の前では、どんな強固な城壁も意味をなさなかった。
だが、それ以上に彼は力を持つ者としての責任を全うする男だった。力を決して乱用せず、常に正しい判断を下し、人々を守ってきた。彼の姿に、僕は憧れ、いつか彼のようになりたいと思っていた。
そんなグラヴィスは子供達には誰にでも優しく、僕も良くしてもらっていた。
ある日、僕は思い切って、グラヴィスにフォレスティアの予言を打ち明けた。にわかには信じられないような話であるのに、グラヴィスはそんな僕の話を真剣に聞いてくれて、グラヴィスなりに調査をしてくれると言ってくれた。また、必要な時には必ず力を貸すとも、約束してくれたんだ。
「グラヴィスはずっと、俺の目標なんだ……」
エネルがそう呟く。
「ああ、僕もいつかグラヴィスみたいになりたいって思ってる。僕もまだまだ彼にはほど遠いけどね」
グラヴィスの話をすることで、僕たちは先ほどの戦いのことは忘れ、すっかり意気投合していた。
「でもな、正直、最近教団のやってることに疑問を感じていたんだ。正義を掲げているが、やっていることが、何かが違う気がするんだ……」
エネルの目は迷いを帯びていた。教団に従いながらも、そのやり方に疑念を抱いていたのだ。彼の内には、強い正義感が残っている。
「エネル、君は、強さだけを求めて戦ってるわけじゃないんだろ? 困っている人を助けたいって言っていた」
僕は彼に向かって笑いかけ、思い切って聞いてみた。
「なら、教団なんてやめて、僕たちと一緒に戦おう。僕たちは、世界中の人たちをみんな救おうとしているんだ。君の力があれば、もっと多くの人を救える」
エネルは一瞬目を逸らし、迷うように唇を噛んだ。しかし、やがて彼は肩の力を抜き、深い息を吐いた。
「……お前、本当に面白い奴だな。話を聞いてれば、確かに教団の連中よりは、お前らの方が信じられるかもしれない」
そう言って、彼はゆっくりと立ち上がり、僕を見つめた。
「よし、いいぜ。お前らと一緒にやってみるか」
その言葉を聞いて、僕は心底安堵した。エリナの浄化魔法は無事に成功し、エネルの心は解放されたのだ。
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