エピローグ②
浄化の力を持つ第二の太陽が沈み、夜の静寂が辺りを包むと、彼――ゼノルスは今日も動き出す。
――絶対指揮――
かつての威厳に満ちた姿はもうどこにもない。彼の両足は戦いの中で失われ、自力で歩くことさえできない。彼の魔法が効果を発揮できる夜にだけ、彼は自分を操り逆立ちして動く。逆立ちしたまま、その腕で地面を突き、カサカサと奇妙な音を立てながら動く姿は、もはや一見、人間とは思えないものだった。
第二の太陽が空を照らす昼間、彼の魔法は無力化され、他人の体も、自身の体も操ることができなくなる。それは彼にとって屈辱的な時間だった。動けぬ身体でただ静かに息を潜め、次の夜を待つしかない。だが、夜が訪れれば彼の魔法が再び息を吹き返し、他者の肉体や精神を操る力が蘇るのだ。操られた人々は皆様、ゼノルスの指示に忠実に従い、彼の計画を実行する道具と化す。しかし、それも朝日が昇るまでの限られた時間の中だけだ。浄化の力を持つ第二の太陽が現れると、彼の魔法は打ち消され、人々は正気を取り戻す。そして彼自身も、動くことすらできなくなる。
こんな状況では以前のように大きな組織を築き上げることはもはや不可能だった。かつて彼の支配下にあった広大な勢力も今はない。彼の中で燃える炎――それは復讐と支配への執念。そして、それがどれほど歪んでいようとも、彼はその執念を見失わない。
あっという間に、ユニマグナス共和国は世界でも指折りの大国へと成長を遂げた。元首となったシンと、その妻であるエリナ。その二人が持つ不思議な知識と鋭い先見性は、荒廃した国を驚くほど短期間で立て直し、さらに豊かな地へと変貌させた。また、第二の太陽を維持するため、全人類が毎日彼らと共に祈りを捧げる。その行為が、いつしか彼らへのへの畏敬と崇拝へと変わり、彼らの名声は世界中に広がっていた。そして、困窮した周囲の国々も次々とユニマグナス共和国への加入を表明し、その勢力を広げている。
一体どこで差がついたのか――。
ゼノルスは静かに考える。シンと自分の力は、かつては拮抗していたはずだ。それが今や、この絶望的な差。ほんのわずかな違いが、これほど大きな結果を生み出している。
能力そのものも、他人の力を利用するという点では似た系統だった。違いはただ一つ、他人の力を無理やり使役するか、それとも合意の上で力を借りるか――。
前者の方が直接的で効率的なのに、何故だ……
ゼノルスは自問する。彼の魔法は強力で、確実だった。それに比べ、シンのやり方は一見回りくどく、非効率に見える。しかし、その「回り道」が、シンを頂点へ押し上げた理由なのだろうか。
ふと、自分がもしこの世界を完全に支配していたらどうなっていただろう、と想像する。答えはすぐに出た。世界は、既に滅んでいただろう。
「ああ……それが違いか……」
ゼノルスは呆然とした表情で呟いた。不本意ではあるが、妙に納得してしまう。
静かな夜の中で、彼はじっと月を見上げる。その目には、かつての栄光を取り戻す野心は失われていないものの、シンとの差を再認識した今、どこか諦めと虚無感が混じっていた。第二の太陽が輝き続ける限り、自分が再び表舞台に立つことはない――ゼノルスはその現実を冷静に受け止めていた。だが、その太陽が失われればどうなるか。世界は凍りつき、全ての生命が消え去る。自身も例外ではない。
手詰まりか……
彼の目にも一瞬だけ虚無の影が差す。だが、すぐにその瞳に冷たい光が宿る。
いや、まだ終わりではない。第二の太陽が浄化の力を持つなら、それを持たない第三の太陽を見つければいいのだ。
新たな目的が彼の中に芽生えた。その『第三の太陽』を手に入れることで、彼が再び頂点へと返り咲くための道が拓けるだろう。
新たな目標を見つけたゼノルスは、再び壊れた体を逆立ちさせ、その奇妙な姿勢のままカサカサと動き始めた。冷えた空気が彼の周りにまとわりつき、まるで彼の執念そのものを象徴しているかのようだった。彼の執拗な生存本能と歪んだ野望が、彼を再び闇の深淵へと導く。ただし、行き先のあては、皆無である。
最終話の後日譚を追加しました。
新連載も始めましたので、是非お読みください!
最後に是非下の『★★★★★』を入れていってくださいませ。




