エピローグ①
第二の太陽は最終的に月ほどの高さまで上昇し、地球の周りを静かに周回し始めた。新たな衛星が増えたかのようだ。この第二の太陽は、地球との距離が近い分、前の太陽ほどの熱量はなくても地上を照らせるが、照らせる範囲はやや狭くなり、昼間の時間は少し短くなってしまった。その代わり、第二の太陽は『浄化』の力を宿している。この光を浴びれば、悪しき魔法や呪いは解除され、心の乱れや疲れも自然と癒される。例えば、ゼノルスが用いた支配や洗脳の魔法は、この光の前では完全に無力になる。第二の太陽の下で、世界はより平和になるに違いない。
ただし、この光は何もせずに永遠に続くわけではない。この光を維持するためには、一日に一度、全人類の魔力を結集させた浄化の魔法を注ぎ込む必要がある。
◇ ◇ ◇
「シン、行動を共にした時間は短かったが、これまでのどんな戦いよりも濃厚で、有意義なものだったよ」
英雄グラヴィスが語るその声には、確かな充実感が滲んでいた。しかし、僕はその言葉に寂しさを感じてしまう。
「グラヴィス……もう立つの?」
「ああ、一度グラディオン帝国に戻ろうと思う。一応、故郷だからな。今回の一件でどう変わったか、自分の目で確かめておきたい」
グラヴィスは既に次のことを見ている。きっと、彼のような男を長く一つの地に留めておくことなど、誰にもできないのだろう。
「だが――」
彼はふと立ち止まり、こちらを振り返った。
「これから世界の中心になるであろう国の新たな秩序を築く仕事なら、俺も悪くないと思っている。だからシン、お前の権限で任命してくれても構わないぞ」
「えっ? どういうこと?」
僕は思わず聞き返したが、グラヴィスはニヤリと笑っただけで、片手を軽く振り、背中を向けて歩き出した。
「シン、そろそろ俺も行くことにするぜ」
次に別れを告げたのはエネルだった。
「エネル、君の力には本当に何度も助けられたよ。本当にありがとう」
「今さら礼なんか言うなよ。俺の趣味は人助けだ。助けるのは当たり前だろ?」
エネルはいつものように豪快に笑う。
「俺の夢は変わらねえ。最強の格闘家になって、もっとたくさんの奴らを助けることだ。だから次は、ずっと南の国に行ってみるつもりだ。今回の騒動で酷いことになってるって話だからな」
彼もまた、既に次を見据えている。
「世界中に、俺の名を轟かせる。それが次の目標だ」
エネルの言葉に嘘はないだろう。彼の行く先々で、きっと多くの人が救われ、その名は英雄として世界中に広がるだろう。それがそう遠くない未来であることを、僕は確信していた。
「シン君、これから毎日、全人類がこの太陽に魔力を捧げることになるんやな……」
アリアがふと呟く。
「ああ、そうだ。だからアリアにも力を貸してほしい」
「それは構へんよ。まあ、そうせんと世界が滅亡してしまうわけやし、やるしかないなあ」
彼女の明るい言葉とは裏腹に、その現実は重い。毎日魔力を捧げ続ける――それは全人類にとって、大きな負担となるだろう。
「でも、一日に一回、世界は一つになれます」
エリナが静かに微笑んだ。僕も力強く頷く。確かに、日々の労力は決して小さくない。けれど、この務めが人々を団結させ、今までにない一体感を生むのなら――それはきっと新しい信仰にも等しく、大きな意味のあることだ。
「増幅魔法は念話経由で毎日ちゃんと送らせてもらうから、任せといて。でもな、あたしも旅に出ようと思ってる」
「アリアも旅に?」
「何とかアリスを分離できへんかと思ってな」
アリアの真剣な声に、彼女もここに留めておくことはできないと感じる。フォレスティアに頼めば、アリスの魂の転生は可能だという。しかし、アリスを分離するためには、その『器』となる体が必要だ。
『うち、このままでええゆうてるのに』
念話経由でアリスが少し拗ねたように呟く。
『それに、うちを姉ちゃんの体から追い出したら、増幅魔法はもう百倍にならへんで?』
確かに、それは大きな問題だ。アリスの存在が、世界を維持する鍵の一つになっているのだ。
「せやから余計難しい。あたしたちの増幅魔法がないと、エリナの太陽に捧げる魔力が足りんようになってしまう。でも、いずれ解決せんといかん。私たちがいなくなった後も、世界は続いていくんやから」
その言葉に僕は溜息をついた。アリアの言う通りだ。アリアだけでなく、僕とエリナにも大切な役目がある。これからもずっと世界を存続させるためには、急ぎ後継者も育てていかなければならない。
「ほな、シン君。エリナ姫と仲良くな。私もみんなと一緒にいられた時間、何より楽しかったわ」
アリアはそう言って、明るく手を振った。その姿はどこまでも軽やかで、彼女らしかった。
念話でいつでも話せるとはいえ、苦楽を共にした仲間たちが次々と旅立つのを見送るのは、やはり寂しさを感じる。だが、別れがあれば、出会いもある――。
「エリナ・シア様、ご命令により、ただいま帰還いたしました」
聞き覚えのある凛とした声が、王の間に響いた。
「道中お疲れさま。入ってください」
扉が開かれ、姿を現したのはクロノア・レヴァンティスだった。漆黒の鎧改め、白銀の鎧に身を包んだ彼女は、まっすぐにエリナの前に進み、膝をつく。
「私がイグナリス王国にお願いして、解放してもらったの」
エリナの柔らかな笑みを受けて、クロノアは深く頭を下げた。
「不肖クロノア・レヴァンティス、再びエリナ・シア様のお役に立てること、光栄の極みです。過去の過ちに報いるためにも、どんなことでもご命令ください。姫がお望みとあれば、今すぐにでもこの命、差し出す覚悟でございます」
その真剣すぎる態度に、僕は思わず苦笑する。
「それじゃあ、クロノア、早速お願いがあるの」
「はっ! 何なりと仰せください!」
「今日の晩御飯を、一緒に食べましょう」
「はっ、命を賭して!」
なんだ、このやり取りは。肩の力が抜けるというか、思わず吹き出しそうになる。
敵に回せばこれほど恐ろしい相手はいないが、こうして味方として隣に立ってくれるなら、これほど頼もしい存在はいないだろう。
クロノアとのささやかな夕食が終わると、ルミナス城の広い王の間には、僕とエリナだけが残された。窓からは穏やかな月の光が差し込んでいる。
「シン、私たちはルミナス王国から出られなくなっちゃったね」
エリナの言葉に、僕は肩をすくめて答える。
「仕方ないさ。そうしないと世界が滅びてしまうんだから」
僕とエリナの役目は、毎日一度、太陽の祭壇に立ち、念話で世界中の人々から魔力を集めて、増幅した浄化の魔法を第二の太陽に注ぐことだ。アリアの増幅の魔法は念話経由で送ってもらえばよいが、僕の念話とエリナの浄化魔法は、直接太陽の祭壇の水晶に触れて発動しなければならない。だから僕たちはこの地から離れられないのだ。
「でも、そのついでと言っては何ですが……」
エリナが少し遠慮がちに言葉を続ける。
「ルミナス王国も、教団に占拠されていた間に秩序が乱れてしまって、なんとか立て直さなければいけないの。シン、もしよかったら、手伝ってもらえませんか?」
彼女の瞳は真剣そのものだ。確かに、どうせここにとどまるのなら、エリナの力になるのも悪くない。
「もちろんさ。僕にできることなら、何でも力になるよ」
その言葉を聞いたエリナの顔が明るくなる。そして、彼女は少し間を置いて、真剣な表情で口を開いた。
「シン、私……この機会に、全く新しい国を作ろうと思ってるの」
「新しい国?」
僕は驚いて彼女を見つめる。エリナは意を決したように言葉を続けた。
「民主主義っていうの。王様一人が全てを決めるんじゃなくて、国民全員の意見を集めて、みんなでルールを決める国よ」
「民主主義!?」
思わず声が裏返った。その言葉は衝撃だった。この世界では王や貴族が統治する君主制が絶対的な常識であり、共和国の概念すら存在しない。
そこで、ふと僕はエリナの言動や行動を思い返した。僕が前世の記憶を頼りに再現したB級グルメ料理を妙に気に入っていたことーーそして、ある答えに行き着いた。
「エリナ……もしかして、前世の記憶を持っていたりする?」
尋ねると、エリナは分かりやすく取り乱した。
「は、はわわっ! 前世の記憶!? な、な、な、なにを言ってるの、シン?」
いつも冷静な彼女が慌てる姿は新鮮だ。
「いや、どう考えても、民主主義っていうのは前世の考え方なんじゃないかって……」
しばらく沈黙が続き、エリナは観念したように、ぽつりと口を開いた。
「……はい。こんなことを言うと変に思われるかもしれないけど……実は、私には前世の記憶があります」
やっぱりだ!
「私の前世では、民主主義っていうものが普通の世界で、だから……王制って、私にはずっと疑問でしかなかったんです」
僕は納得しながらも、もう一つだけ確認する。
「エリナ、その前世の世界って、もしかして日本っていう国だったんじゃない?」
僕の言葉に、エリナは目を見開き、その場で一瞬固まった。驚きのあまり、手元のカップが危うく傾きそうになる。
「え……どうして、それを……」
「僕もなんだよ。僕にも前世の記憶がある。日本の大学で宇宙物理学を専攻していたけど、事故で命を落として、気がついたらここに転生していた」
エリナの瞳が揺れ動く。そして、信じられないといった様子で口を開いた。
「……シンも、そうだったの?」
エリナは深く息を吸い込み、意を決したように微笑んだ。
「私も日本人だよ。17歳のとき、交通事故で亡くなっちゃって……。今も17歳だけど、本当は中身は……34歳なの」
「えっと、僕は大学生のときに20歳で死んで、今17歳だから……中身は、37歳……」
「えっ、三つ年上!?」
エリナはその瞬間、吹き出すように笑い始めた。思わず僕もつられて笑ってしまう。
「なるほど、だからシンはいつも冷静で落ち着いてたんだね! ずっと17歳には見えなかったよ。なんか、肝が座りすぎてるっていうか」
「いやいや、エリナだってそうだよ。17歳で国の危機に直面してこんなに堂々としてる王女なんて、普通いないから」
二人で顔を見合わせて大笑いした。まさか、前世の日本人同士が、こんな異世界で再会するなんて夢にも思わなかった。それから僕たちは、まるで昔からの友人のように、夜通し前世の話に花を咲かせた。好きだった食べ物やドラマや漫画、学校生活のこと――。まるで幼馴染だったかのように、二人の間には懐かしさと温かさが広がっていく。
「ねえ、シン。新しい民主主義の国の誕生を記念して、私はルミナス王国の名前も変えようと思うの」
「えっ、変えちゃっていいの?」
思わず驚きの声を上げる僕に、エリナは微笑んで続けた。
「シンが助けてくれるなら、この国はきっと世界中の人々をひとつにまとめられて、世界の中心になるような国になると思うの」
彼女の真剣な眼差しに、僕は息をのんだ。そして、エリナの口から出た次の言葉に、さらに驚かされた。
「だから、そんな国にぴったりの名前――ユニマグナス共和国。初代元首は、きっとシンだと思うから」
「ユニマグナス!?」
ユニマグナスは、僕のご先祖様が妙にカッコつけて改名した、僕のファミリーネームだ。
「えっ、えっ……?」
今度は逆に僕が狼狽える。
「だって、民主主義の国でしょ? 国民から選ばれちゃったら、もう仕方ないよね?」
軽く言うエリナに、僕は頭が真っ白になる。
「いやでも、そんな簡単に……ルミナス王国の貴族の人たちが納得するとは思えないし……」
慌てる僕を見て、エリナは楽しそうにクスクスと笑った。
「救世主のあなたを認めない人なんているはずないよ。それに、もし心配だったら、共和国にする前に――」
エリナはそこで少し顔を赤くして、視線を下に落とした。
「まず、シンがルミナス王国の次の国王になってみてもいいと思うよ」
頭がグルグルと回る。王制は世襲制が基本だ。王家の血を引く時期女王のエリナが僕に次の王になることを提案している。これが何を意味するのか……
「急にそんなこと言われても困るよね。もちろんシンが嫌じゃなければ――」
「待って、エリナ。……その答えは今すぐじゃなくて、きちんと返事をしたい」
こういう大事な返事には、きっとそれなりの準備をしなければならないだろう。
「はい!」
僕の言葉に、エリナは安心したように微笑んだ。その笑顔を見て、ふとフォレスティアの顔が脳裏をよぎる。そういえば、フォレスティアは僕とエリナをパートナーとして選んだと言っていた。まさか……この展開まで予測しての人選だったのか? だとすれば……思わず苦笑いする。僕は最初から最後までフォレスティアの手のひらで転がされていたわけだ。あの無邪気そうな笑顔の裏にある計算され尽くした計画……本当に恐ろしい精霊だ。まあ、今となってはそれに乗っかるのも悪くはない。
だが、最後に一つ、最大の問題が残っている。
僕の家、ユニマグナス家には代々『念話使いとしか結婚してはいけない』という掟がある。どれだけ親父と口論しても、どうしても覆せなかった鉄の掟だ。
『あのさ、ルミナス王国の王女、エリナ・シア・ルミナスと結婚して、ユニマグナス共和国を作ってみてもいいかな?』
ひとまず念話で親父に聞いてみた。
連載を始めてから2ヶ月と短い期間でしたが、無事に完結することができました。ここまでお付き合いいただき、感謝です。
いずれ太陽が寿命を迎える時に、人類が生きていたらどのように対処するのだろう?という疑問からこの物語を考え始めましたが、科学技術の延長線では地球から脱出する以外の方法は思い付けませんでした。そこで、魔法という力に頼ってみたものの、それでもこの危機を回避するのは相当大変ですね。未来の人類の皆さん、頑張ってください。
物語には、転生、異能力的な魔法、精神世界、空想科学、色々盛り込んでみましたが、如何でしたでしょうか? コメントやご感想など頂けましたら、とても嬉しいです。
また、重ね重ね、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。是非↓の★を残していってくださいませ。




