14-3 太陽の消滅
全人類共同作業の開始から四日目の朝。それは、これまでとは明らかに違う光景だった。空に昇る太陽は、どす黒い影をまとって赤黒く、朝だというのに黄昏のように薄暗い。そして、急速に冷え込んだ空気が肌を刺す。いよいよ、太陽が完全にその命を終えようとしているのだ。
時間がない。このままでは、世界が凍りついてしまうだろう。僕は深く息を吸い込み、最終段階の作業を開始した。
『世界中の皆さん、ついに世界を救う最終段階に入ります。それは、第二の太陽を生み出すことです。どうか、これまでと同じように、皆さんの魔法を送ってください』
僕の念話が世界中に響き渡り、人々の意識が集まる。幾度も繰り返したプロセスにもはや迷いはなく、十億人分の魔力が再び僕の手に集まり、それらを太陽の祭壇の増幅装置へと流し込んだ。
その膨大な魔力の奔流を感じながら、僕はそっと隣に立つエリナの肩に手を置く。
「エリナ、出番だよ。君の力が必要だ」
エリナの瞳に、覚悟の色が映る。彼女はしっかりとうなずき、凛とした表情を浮かべた。
「わかりました。ルミナス王家の誇りにかけて、全力を注ぎます」
彼女の声は、冷たい空気の中に確かに響いた。
ーー増幅の福音ーー
アリアがエリナの力を100倍に増幅する。エリナが太陽の祭壇の水晶に手を置き、第二の太陽を生み出す準備が整ったそのとき、不意に聞き覚えのある声が響いた。
「第二の太陽など、生み出させはしない」
そこに現れたのは、倒したはずのソルディバイン――ネフティスだった。
「お前、まだ懲りねえのか!」
エネルが苛立ちを隠せず叫ぶ。
ネフティスはエネルとの戦いでボロボロになった衣を無造作に投げ捨てる。すると、その下から現れたのは、フォレスティアによく似た小さな子供のような姿だった。その姿はゼノルスの表層意識で垣間見たものと同じだ。
ネフティスは無機質な声で答える。
「私は不滅の存在。闇の力が満ちれば、何度でも甦る」
『シン、気をつけて。あれはボクの宿敵、闇の精霊、アビスティアだ』
フォレスティアの念話が僕に届いた。
『あれはボクと同じような存在。ボクは光から力を得ているけど、彼女は闇から力を得ているの』
アビスティア――そう名乗るその存在は、静かに言葉を続ける。
「闇こそが私の力の源。ソルが消え去れば、この世界は闇に包まれる。光など不要だ」
アビスティアは静かに語り始めた。その言葉には揺るぎない信念が宿っている。
「君はソルディバインの一人だろ? ゼノルスはいつもソルの危機から世界を救うと言っていたじゃないか」
それは口先だけのことだと分かりつつも、僕は言い返す。
「これまでゼノルスに力を貸していた理由、それは第二の太陽を生み出す存在と、その協力者を滅ぼすため。私は、世界を闇に包む。それこそ私が真に望む世界」
『世界を闇に包む』だって? いかにもラスボスっぽいセリフじゃないか。
つまり、ゼノルスはうまく彼女に利用されていたということか。そして、ソルディアス教団が執拗にルミナス王家にこだわっていた理由もこれで理解できる。
「そんなことをしたら、この世界は凍りつき、全ての命が失われる。誰も生きていけなくなる!」
僕は怒りを隠さず言い返すが、アビスティアは微冷たく微笑むだけだ。
「人間や動物の命など、私にとっては大した価値もない。それより、それだけの闇が満ちれば、第二の闇の精霊を生み出すこともできるだろう」
僕は拳を握りしめ、彼女を睨みつけた。
「そのために、この世界の全ての命を犠牲にすると言うのか?」
アビスティアは冷たい瞳で僕を見つめ、相変わらず無機質な声で答えた。
「愚問だな、シン。では、お前に問おう。十億匹の蟻がいる、人間は一人だけの孤独な世界と、蟻は一匹もいないが人間が二人いる世界――どちらを選ぶ?」
彼女の気持ち、理解はできる。もちろん彼女の肩を持つことはできない。
「これ以上の議論は無駄みたいだ。ひとつ答えるとすれば、この世界はお前一人だけのものではない、ということだ」
その時、急激に明るさが失われていくのを感じた。空を見ると、どす黒い太陽の闇がさらに深まり、次の瞬間、太陽は黒い空に染み込むように音もなく霧散していく。
「おお、ソルの終焉。悲願の時……」
アビスティアは感慨深そうに呟き、その光景に見入っている。
この時僕は、いや、世界中の誰もが、胸の奥に重い感傷を覚えただろう。永劫の時と思えるほど、僕たちに長らく恩恵をもたらしてくれた太陽が、その寿命を全うし、ついにその最期を迎えたのだ。しかし、長く感傷に浸っている時間はない。
空気は急激に冷え込み始めている。これから気温は下がり続け、最終的には絶対零度に近い温度まで下がるだろう。これ以上アビスティアの相手はしていられない。僕は振り返り、エリナを見る。
「エリナ、君の力を解き放つときだ」
エリナは頷いた。その表情には迷いはなかった。
ーー浄化の陽ーー
彼女の魔法が太陽の祭壇に注ぎ込まれるその瞬間、
「させるものか!」
アビスティアが鋭く吠え、第二の太陽を形成させまいと、巨大魔法陣に向かって影を広げていく。だが、その刹那、千億倍に増幅された浄化の陽が巨大魔法陣から解き放たれた。
眩い光が暗闇を切り裂いて世界を包み込む。果てしなく巨大で世界を白く染め上げる聖なる球体。これこそ、まさに第二の太陽――眩しくも暖かい光がどこまでもに広がり、凍え始めた世界を新たに照らし始めた。
「こんなもの……私の世界に必要ない!」
アビスティアは影をさらに広げ、第二の太陽を包み込もうとする。だが、あらゆる魔法を遮ってきた彼女の影も、全人類の力の結晶の前には敵わない。その光はあまりにも大きく強烈で、最初は一部を遮っていたアビスティアの影が徐々に薄れ始めた。無限にも思えた漆黒の闇の空間が、次第に光で満たされていく。
「こんなはずは……!」
アビスティアの声には初めて焦りが混じっていた。光で満たされた彼女の影は完全に消滅し、ついにはアビスティアの姿も光に飲み込まれていった。
第二の太陽はさらに大きさと輝きを増しながら、遙か上空へと昇っていく。それはまるで新しい時代の幕開けを告げるかのように、世界中を照らし出した。
僕たちの新しい夜明けの始まりだ。
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