13-4 復讐の旅の果て
ゼノルスの「絶対指揮」が一瞬途切れた。どんな魔法もいつまでも連続して使い続けることはできない。息継ぎが必要なのと同じだ。僕がゼノルスの魔法回路を千倍速で空回りさせたことで、ようやくその瞬間を作り出すことができた。
そして、英雄グラヴィスにとって、その一瞬は十分過ぎる時間だった。
ーー重力屈折ーー
グラヴィスがその魔法を発動した瞬間、重力の方向が大きく傾き、ゼノルスの体は太陽の祭壇から無理やり引き剥がされ、壁に向かって落下していった。落下の途中、床に幾度も叩きつけられ、壁に衝突し、動かなくなった。
僕の意識はまだ朦朧としており、シンなのか、ゼノルスなのか、分からないほどに混乱している。ゼノルスの深層心理に潜り込んだ後遺症は、想像を遥かに超えるものだった。
やがて、意識が落ち着いてくると、僕は手に持っていた長剣を投げ捨て、強烈な吐き気のため胃の中のものをすべて吐き出してしまった。
「もう二度と……絶対に……念話潜入なんかするものか……」
側から見たら、信じられないほど情けない有様だろう。
しかし、その記憶以上に恐ろしいのは、今の僕がゼノルスに感化されてしまっている事実だった。彼の忌まわしい思考が頭の中で渦巻き、まるで自分の考えであるかのように感じられる。人格の一部が、ゼノルスに置き換わってしまったのではないか――そんな疑念さえ抱く。
「ありがとう、シン……」
だがそんな惨めな僕を、エリナは優しく背中を撫でてくれた。彼女を見ると、最初からずっと信じていたような、まっすぐな目で僕を見つめていた。そうだ、彼女が救えたのなら、他の全ては些細ことだと思い直す。
その時、接続を続けていた広範囲の念話を通じて人々の安堵の声が一斉に響いてきた。ゼノルスの魔法が途切れたことで、彼に操られていた五千万人もの人々が体の自由を取り戻したのだ。
「シン君、やってくれたんやな!」
心底ホッとした様子で、アリアの声が響く。彼女の目には涙が浮かんでいた。
「おい、大丈夫か!」
時を置かず、窓からエネルが勢いよく飛び込んできた。彼は荒い息をつきながら僕に駆け寄る。
「城に近づいたら、急に体が動かなくなっちまった。あの野郎の仕業だろうが……いや、さすがシンの兄貴だな。やっぱり最高に頼りになる!」
仲間の力強い言葉に、僕は少し自分を取り戻し、微笑み返した。
僕たち五人は、再びゼノルスを取り囲んだ。彼は両足を失い、全身の骨も無数に折れているはずだが、まだ辛うじて息はあった。
ーー重力檻ーー
グラヴィスは周囲に強力な重力場を展開し、ゼノルスを完全に包み込み、彼の動きを封じた。
「さすがに、もう動ける状態ではないはずだが、先の反省もある。念には念を入れる。それに、重力圧で止血の効果も期待できる」
グラヴィスの冷静な声が響く。確かに、彼のボロボロの両足から流れ出る血をそのまま放置していれば、ゼノルスはすぐに失血死してしまうだろう。
重力檻に包まれたゼノルスは、力なく首を垂れたままだったが、虚ろな目でぽつりと呟いた。
「僕を……大切にして……」
宿敵ゼノルスの変わり果てた姿を前に、エリナの表情は複雑だった。
「どんなに憎んでも、憎み切ることができない相手のはずです。それでも……」
彼女は震える声で続けた。
「今は……ただ可哀想としか思えません。どうか……助けてあげてください」
その一言に、彼女が背負ってきた過酷な復讐の旅路が終わりを迎えたのだと感じた。今の彼女はもう復讐者ではなく、本物の聖女だ。
『シン、とても疲れているのはわかっているんだけど……時間がもうあまり残されてないんだ』
そこで、フォレスティアの声が念話を通じて響いた。
ふと思い出すのはゼノルスの表層心理の中で見たネフティスの姿。それが彼女に酷似していたことが頭をよぎる。
『そういえば、フォレスティア……』
『なあに?』
『……いや、やっぱりいいや』
あの異常な世界の中でのことだ。今気にすることではないだろう。
『外を見てごらんよ』
フォレスティアの言葉に促されて、僕は城の窓から顔を出した。激しく熱い。そして、息を呑む光景が広がる。
世界が赤く染まっている。真っ赤な太陽が、以前の十倍もの大きさに膨れ上がっている。その膨張速度も加速しており、目に見えて進行が分かる。
「このままでは、太陽が消えるより前に、みんな焼け死んでしまう……」
しかし、絶望に浸っている時間はない。僕は即座に計画をまとめるべく、グラヴィスに問いかけた。
「ねえ、グラヴィス。君の重さを軽くする魔法についてだけど、どのくらいの重さまでいけるの?」
グラヴィスは少し考え込んだ後、答えた。
「そうだな、このルミナス城くらいなら、丸ごと軽くできると思う」
それは十分に凄い。だが、それではまだ足りない……
「例えばだけど、島はどう? ノス島くらいの大きさなら?」
ノス島。北の海上に浮かぶ、約5平方キロメートルくらい広さの島だ。グラヴィスは少し眉をひそめた。
「ノス島か……流石に難しいな……」
あまりに荒唐無稽な質問だったかもしれない。まあ、そうだろうな、と思う。
「だが、極めて短時間なら――そうだな、例えば3秒だけなら可能かもしれない」
「グラヴィス、それだけできれば十分だ! 凄いよ、これならいけるかもしれない!」
その言葉に、僕の中で全ての材料が揃った。もう迷っている時間はない。僕はすぐに仲間たちに計画を共有し、世界を救うための準備に取り掛かった。
因縁の戦いも、ついに決着しました。
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