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13-3 深層心理

 視界に広がるのは、無数の蠢く紐。紐紐紐紐紐紐。ミミズのように湿った光を放ちながら、絡み合い、うねるそれらが空間を埋め尽くしている。だが、よく目を凝らすと、それぞれの紐はさらに細い蛔虫のような紐で構成され、さらにその一本一本は毛のようなさらに細い紐が絡み合ったものだった。それらすべてが独立して蠢きながら、一つの生命を持つかのように動き続けている。


 紐が紐で構成されている。自己相似性、つまりーー紐のフラクタル。


 僕がそう思った瞬間、果てしなく不快な声が響いた。


「ヒモふらくたる!」


 ぞっとする声。しかし、その声のする方に、僕は紐を掻き分けひたすら進み続けると、ようやく視界が開ける瞬間が訪れた。

 しかし、開けた空間に待っていたのはやはり異形の世界だった。ここもまた無数の紐で構成され、床、壁、天井――全てがうねる紐に覆われている。そしてその紐たちは、ただ蠢くだけではなかった。蠢く紐が集まり、時に、人の形を作り上げていく。眼球のない人型が床や壁から突き出し、何かを求めるように腕を伸ばしている。しかし、体の下半分は床や壁に融合していて、どうあがいてもそれ以上前に出ることができない。


 僕も先に進むため手を伸ばす。だがなぜかこれ以上先には進めない。そして、自分の伸ばした手を見下ろし、思考が凍り付く。自分の手も蠢く紐でできている。そこで僕は理解した。僕自身も、紐で構成された人型の一つになっている。もはや自分はこの世界の一部だ。


 恐怖という感情は、もう随分前から麻痺している。そこで、僕は奇妙な納得感に包まれた。

 そうか……人間というものも結局はこういうものだ。

 生物は一つ一つが独立した細胞であり、それらが集まり生命体を形作っている。それと同じように、人間同士も集まって、より大きな「何か」になるべきではないのか――その考えが、至極当然であるかのように頭に浮かぶ。

 ……誰もが、自分と同じことを考え、同じ行動をするべきだ。それが最も理想的だ。つまり、自分の思い通りに動くものが人間だ。思い通りに動かないのは、人間じゃない。そう、当たり前じゃないか。


「ソレガ……超ヒモリロン!」


 叫び声を上げたのは、紐でできた最も大きな人型。その巨体は、床から天井まで届き、空間全体を圧迫する存在感を放っている。巨大な紐の塊がまるで生きた心臓のように脈動を繰り返している。

 巨人が叫ぶと同時に、その腕がゆっくりと天井に向かって持ち上がる。それに呼応するかのように、周囲の紐で構成された人型たちも一斉に手を挙げた。その時、僕の中で確信が生まれた。この巨人こそが『支配の魔法回路』なのだと。

 ついに見つけ出した。このゼノルスの力の根元に、何とかして影響を与えなければならない。

 だが、自分の体は奇怪な壁の一部と化し、思うように進めない。魔法回路との距離は目測でわずか9メートル。だが、その距離が、今は何百キロよりも遠く感じる。


 ……諦めない……絶対に!


 僕は紐でできた両手で床を掴み、体を引っ張り、全力を込めて前に進もうとした。進むたびに、体全体に響く軋むような感覚。紐でできた自分の体が、無理やり引き伸ばされる痛み。だが、僕はその痛みを無視して進み続ける。体の筋という筋が張り詰めて悲鳴を上げ、神経の一本一本が切れていくような感覚。


「トマレ……」


 その声とともに、紐が襲いかかる。しかし、僕は力を振り絞り、決して掴んだ手を離さず、前に進み続ける。内臓が引っ張られ、体がバラバラになる感覚。


「トマレトマレトマレトマレ……」


 床から多くの人型が湧き出し、押さえつけてくる。それでも僕が手を止めることはない。

 もはや内臓が完全に伸びきりピンと張り詰めた状態で残り約五十センチ。魔道回路は大きな口を開け、威嚇する。


「ヒモふらくたるノチョウテンハ、ワタシ!」


 いや、胃から食道まで完全に伸ばし切り、ただ一本の紐になった時、ついに僕の手は忌まわしきそれに触れた。

 今の僕にできること。自身に施されている千倍の時間が流れる魔法を、この支配の魔法回路に局所的に転送する。


「ヒモヒモヒモヒモヒモヒモヒモヒモヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョョョョョョョョョ……」


 ゼノルスの魔法回路だけが、千倍の速度で稼働し始めた。


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― 新着の感想 ―
紐まみれの世界というのもなかなか独創的ですね。考えすぎて変なった人の頭の中とかこんな感じなのかもしれませんね。上手いこといくのか。もろもろ先が楽しみです。
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