12-4 孤立
「あり得ません……こんなこと……」
ゼノルスの動揺が露わになっていた。最強の盾であるネフティスを失い、彼の圧倒的な力にもほころびが生じている。
「だが、まだ終わりません」
ゼノルスは焦りを押し隠すように低く呟くと、冷徹な表情を取り戻し、再び手を掲げた。
ーー絶対指揮ーー
ゼノルスの魔法により操られた兵士たちが再び僕たちに襲いかかる。その中には、かつて僕たちと共に戦ったイグナリス軍の兵士たちも含まれていた。彼らはまるで操り人形のように動き、自身をゼノルスの盾にするような捨て身の攻撃を繰り出してくる。
「シン、私もう……イグナリスの皆さんを傷つけるなんて、耐えられない!」
エリナが震える声で訴える。その言葉には深い悲しみが込められていた。僕も彼女の気持ちは痛いほど分かる。傷つけたくない――それが僕たちの共通の願いだ。この状況を打開する方法――今なら、この手が使えるはず。
『アリア、エリナの力を限界まで強化してくれ!』
僕はすぐさま念話で指示を送った。
『了解や! ちょっと待っとき!』
ーー増幅の福音ーー
アリアは手をかざし、魔法を発動する。エリナの魔力が膨れ上がっていく。
「エリナ、みんなを正気に戻せるのは君しかいない!」
あとは彼女に託すだけだ。
「分かりました、シン。これが私の全力です!」
エリナは強い決意を込めて、両手を掲げた。
ーー浄化の陽ーー
アリアの魔法で百倍に強化されたエリナの浄化魔法が発動する。その輝きは昼の太陽のごとく眩しく、周囲を圧倒的な光で包み込んだ。ネフティスの影が消え去った今、この光を遮るものは何もない。
その光が操られていた兵士たちを優しく包み込み、一人、また一人と彼らの意識が解放されていく。瞳に生気が戻る様子がはっきりと分かった。
「すごいわぁ、これ……あたし、ずっとこれが見たかったんや!」
アリアが驚きと興奮の入り混じった声を上げる。それは世界の闇を照らす新たな光だった。
「これは、僕たちの新しい太陽だ……」
僕はその光景を見つめながら呟いた。
もちろんこれまでにも予感はあった。だが、僕は今、ここで新しい太陽を見つけたと、確信した。
正気を取り戻した兵士たちが次々に剣を下ろし、戦場の空気は一気に変わった。彼らは戦う意味を見失い、足を止めた。
「もう終わりだ、ゼノルス」
僕はゼノルスを鋭く睨みつけながら言った。最強の盾であったネフティスも、操られていた五千人の軍勢も失った彼は、完全に孤立状態だ。僕たちは慎重に距離を保ちながら、四方を囲んだ。
「これが……君たちの力……」
ゼノルスはぺたりとその場に座り込んでいた。しかし、その瞳の光は未だ消えていない。僕たちは少しでも不穏な動きがあれば即座に対応できるよう、アリアは電撃を、グラヴィスは重力波をいつでも放てる状態で構えていた。
「さすがにもう何もできへんやろ?」
アリアが淡々と呟く。
「これまで、私に逆らう者など誰もいませんでした……」
ゼノルスがかすかに笑みを浮かべながら言った。その声にはこの期に及んで落ち着きが感じられる。
「両親も、恋人も、一騎当千と呼ばれる英雄たちすら……私の意志には抗えませんでした」
「力で民を従わせる王は、暴君と呼ばれる。暴君による政治は長くは続かない」
僕は冷静に返す。
「暴君による統治が長く続かないのは、民衆が怒り、クーデターが起きるからです。しかし、私が国を治める限り、そんなことは決して起きません」
ゼノルスは瞳を輝かせながら言葉を続ける。その姿は、狂気と信念が入り混じっているようだった。
「でも、それは……とても悲しい国ですね」
エリナが静かに呟いた。その言葉には、哀れみと同情が込められている。
「悲しい? 皆が私の言葉に忠実に従い、争いも、犯罪もない国ですよ。幸福ではありませんか!」
ゼノルスは一点の曇りもないかのように言い放つ。
「それは幸福とは呼べない。自分を失い、生かされているだけだ」
グラヴィスが冷たく言い放つ。
「認識の違いだな。どれだけ言葉を交わしても分かり合うことはないだろう。いずれにしても、お前の企みはここまでだ」
ゼノルスは一瞬黙り込み、次に言葉を放つ時には、不気味な笑みを浮かべていた。
「私の幸せが皆の幸せのはず。なぜ理解できないのか……。諦められる……わけがない!」
彼の声が高まると同時に、異様な魔力が渦を巻くように集まり、ゼノルスの瞳が再び怪しく光りを放つ。
「なっ……!」
突然、フォレスティアの予知が脳内に見えた。それは――アリアがゼノルスに狙われる未来。
「アリア!」
僕は咄嗟に叫び、クロノアの時間操作魔法を借りてアリアのもとに駆け寄った。僕はアリアの体を支え、彼女を安全な場所へと引き離す。
ーー絶対指揮ーー
ほぼ同時に、ゼノルスが魔法を発動し、信じられない速さで動き出した。その動きは常人では視認できないほどのスピードでアリアに迫る。しかし、僕がフォレスティアの予知でアリアを別の場所へ移動させていたため、ゼノルスはしばしその場で動きを止めた。だが、すぐに行き先を太陽の祭壇に変え、恐ろしい速さで祭壇に向かっていった。
その姿を目にした僕は驚愕した。彼の足はボロボロに折れ曲がり、歩くだけでも限界のように見える。血が滴り、彼の動きには痛々しさが滲んでいた。それでも、ゼノルスの目には決して折れない狂気の光が宿っていた。
ゼノルスは祭壇の中央にある水晶に手を置き、再び魔法を発動する。
ーー絶対指揮ーー
次の瞬間、僕たちの体が急に動かなくなった。ゼノルスとの距離は十分に空いているはずなのに、体の自由が奪われてしまった。
「ククク……」
ゼノルスが疲労と苦痛に満ちた声で笑う。その笑みには勝利を確信したかのような自信があった。
『面白いかも!』『続きを読んでやってもいい!』と思った方は、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』を入れていただけると、続きの執筆の励みになります!




