12-3 分断
ネフティスの影が広がり、僕の外部との念話接続を完全に遮断しようとしていた。
「シン君、やばいやつ来るで!」
アリアが緊迫した声を上げる。彼女にとっても忌まわしい前回の記憶を思い出しているのだろう。
その影はまるで生き物のように空間を侵食し、もしこの中に取り込まれれば、離れた場所にいるフォレスティアやクロノアとの念話が途絶えてしまう。それは僕にとって致命的な状況となる。
僕たちは影の広がりを慎重に見ながら後退した。そして、計画通りのタイミングが訪れた。
『今だ!』
僕は念話でエネルに合図を送った。これでも軍師の端くれ。同じ過ちを二度繰り返すようなことはしない。
『任せろ!』
前回の失敗は、軍団全員の細かい行動まで、僕一人で決めていたところに問題があった。それでは僕自身の処理能力の限界もあるし、不測の事態に各自が対処できなくなる。仲間を信じて、任せるということも大切なのだ。
その直後、ネフティスの足元の床が轟音と共に崩れ落ち、彼女の姿が下の階へと消えていった。同時に、エネルの姿も見えなくなった。
これはゼノルスとネフティスの完璧な連携を切り崩すために計画されていた一手だ。ゼノルスとネフティスの連携を断つためには、二人を物理的に引き離す必要がある。だが、通常時はゼノルスとネフティスは影で覆われており、いかなる攻撃も通じない。それを打破する唯一のチャンスは、ネフティスが守りを捨てて影を大きく広げるこのタイミングだった。
僕は影が適切なサイズまで広がったその瞬間に、クロノアの時間操作魔法をエネルに転送していた。時間がゆっくりと流れる中で、エネルは先ほど破壊した壁を抜けて外に出、下の階に移動、ネフティスの真下に潜り込む。下の階にも広がっているネフティスの影の境界に触れた瞬間、エネルの時間操作の魔法は無効化されるが、影の中に入ってしまえば自身の魔法は使える。エネルは迷うことなく即座に魔気波を天井に放ち、ネフティスの足元を破壊。そして、エネルは崩れ落ちる床と共に落下するネフティスを掴み、魔気波の反動を利用して一気にゼノルスから引き剥がしたのだ。
「成功したようだな!」
グラヴィスが嬉しそうに呟く。僕は初めて動揺の色を見せたゼノルスの表情を確認した。しかし、引き離すことに成功したのはネフティスだけで、ゼノルスの周囲にはいまだ多数の教団員とイグナリス軍が控えている。どんな手を残しているか分からないゼノルスを相手に、気を緩めてはいけない。
◇ ◇ ◇
ネフティスをゼノルスから引き離し、城から遠く離れた場所まで飛んだエネル。その場に降り立つと、ネフティスは冷たい眼差しを向け、広がる影を防御態勢に戻した。
「人間風情が、調子に乗るな」
ネフティスの言葉には氷のような冷たさと殺意が込められていた。
「ああ? 人間風情だって? やべえこと口走ってんじゃねえか」
エネルはニヤリと笑い返す。
「つーことは、お前、人間じゃねえのかよ。でもまあ、そうだとしても別に驚かねえけどな」
「お前と長く語る言葉はない」
ネフティスは影の中に手を差し入れると、漆黒の剣を引き抜いた。その剣は暗闇そのものをまとっているかのように不気味な輝きを放つ。ネフティスが漆黒の剣を振り回すと、周囲の岩が簡単に切断された。
「闇の黒剣は、空間を切り裂く。切断できないものはない」
「へぇ、面白え。そんなこともできるんだな。ガチ勝負ってわけか」
ネフティスはその場から一瞬で消えるような速さで動き、剣を繰り出してくる。しかし、その攻撃もエネルにとっては回避可能だった。
「魔法だけが俺の武器だと思ってるんじゃねえぞ」
エネルの目が鋭く光る。彼にはもう一つの武器がある――それは卓越した体術だ。エネルの身のこなしは、ネフティスの素早い剣裁きを完全に上回っていた。
「まだ、俺の動きはこんなもんじゃねえ」
エネルは魔気波をネフティスとは逆方向に放つと、その反動で自らの動きを限界まで加速させた。そのスピードは目にも止まらないほど速く、まるで一瞬で空間を飛び越えているかのようだった。
「くっ……速い!」
ネフティスが驚きの声を漏らしつつも、漆黒の剣で迎撃しようとする。しかし、エネルは小刻みに魔気波の向きを変え位置をずらし、剣は空を切る。
焦ったネフティスは守りに徹するため、自身を影で包み込んで防御態勢を強化する。
「魔法を防げても、俺は防げねえ!」
エネルは極限まで加速した状態で影の防御をすり抜けた。魔気波はそこで途切れるが、彼の勢いは衰えない。圧倒的な速度のまま、拳をネフティスに叩き込む。その一撃は絶大な威力を誇り、ネフティスの体を遥か後方へ吹き飛ばした。
「やったか……」
エネルは肩で息をしながらも、拳を握りしめて勝利を確信する。ネフティスの体は何度も地面を弾みながら砂埃と共に転がり続け、最後は岩に激突し、力無く地面に倒れ込んだ。ネフティスの影は徐々に薄れ、消え去っていく。それは最後のソルディバインが倒された瞬間だった。
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