10-3 スランプと覚醒
その後は皆、思い思いに楽しい時間を過ごした。テーブルに並んだ料理は、どれもが格別で、普段は到底口にすることのできないロイヤルテイストだ。エネルでさえ「これはやべぇな」と感嘆していた。しかし、エリナだけはどこか物足りなそうな顔をしていた。おそらく、イグナリスの食堂で食べたB級グルメの味を思い返しているに違いない。
そんな中、ルゼント公爵が僕に話しかけてくれた。
「あなたは、エリナ王女の命の恩人だと伺いました。彼女を守り続け、光の魔法を途絶えさせなかったこと――それは、この世界にとって極めて意義のある行いです。亡きルミナス国王に代わりまして、心より感謝申し上げます」
ルゼント公爵は、きりりと背筋を伸ばし、頭を下げた。高貴さと誠実さを兼ね備えた仕草だ。
「いえ、とんでもありません。実際には、僕のほうがエリナ姫に助けられていたりもして……」
「おや? あのソルディバインを退けたという英雄が、そう仰るのですか?」
ルゼント公爵は僕を見ながら、不思議そうに尋ねた。
「はい。エリナ姫は本当に勇敢なんです。彼女がいなければ、僕たちはきっとここまで辿り着けられなかったでしょう。それに……実は、ゼノルスとの戦いの後、僕の魔法は使えなくなってしまったんです」
「なるほど……それは重大な問題ですね」
僕がそう告げると、公爵は表情を曇らせ、腕を組んで思案し始めた。
「あなたの魔法が使えないのは、これからの戦いにおいて大きな障害ですね」
僕はこの際、魔法に詳しい公爵の知恵を借りられればと思い、さらに問いかけた。
「この状況をどう乗り越えればいいのか、お知恵を貸していただけませんか? 公爵様ほどの魔法の知識をお持ちの方なら、何か手掛かりを見つけられるかもしれないと思いまして……」
ルゼント公爵は、グラスを持ち上げ、軽く口元を潤しながら静かに口を開いた。
「それは、俗にいう魔法スランプ状態ですね」
ルゼント公爵は、思慮深く言葉を紡いだ。
「稀に耳にする症状ですが、原因はいくつか考えられます。一つ目は、心の問題。トラウマや精神的なショックが、魔力の流れを乱すことがあります。戦いの中で、何か心に深く傷を負ったのではないでしょうか?」
僕の胸に、ざわりとした感情が広がった。ゼノルスとの戦いで味わった敗北感、アリスを救えなかった自責の念、仲間たちを守り切れなかった苦悩。それらがまるで呪いのように僕を縛りつけている気がした。
「二つ目は、体内の魔法回路の摩耗です。過度に魔法を酷使すると、回路が損傷し、一時的に機能不全に陥る場合があります。このケースでは、時間と適切な休息が回復の鍵です。あなたは相当無理をされてきたのでは?」
その言葉に、僕はこれまでの過酷な戦いを思い返した。未来予知を酷使しながらの指揮、限界を超えた魔法の行使。それらが、確かに僕の体に少なからぬ負担をかけていたのは間違いない。
公爵はさらに続けた。
「そして三つ目……力が大きくなりすぎた時にも、制御不能に陥ることがあります。特に、大きな成長を遂げた直後に起こりやすい。急に大きな力を得たがために、細かい制御ができなくなってしまうのです」
「それは……」
僕は思わず息を呑んだ。数々の戦いを経て、確かに僕は大きく成長していたと感じる。
「どれも確証はありませんが、いずれの場合も焦らず、自分の力と向き合うことが重要です」
ルゼント公爵は穏やかにそう締め括った。
「ありがとうございます。どの話も、大変参考になりました。」
「いえ、これが少しでもお役に立てば幸いです。あなた方は、この世界の未来を担う存在です。私はあなたたちを信じています」
ルゼント公爵のその言葉を胸に、僕は再び自分の力と向き合う決意を固めた。
◇ ◇ ◇
パーティが終わり、満足感の余韻を胸に、僕は屋敷の外に出た。夜の静けさが心地よい。一方で、ルゼント公爵の言葉が頭の中で繰り返されている。
心的要因、魔力の酷使、力の過剰な成長――彼が挙げたどれもが、今の自分の状態に当てはまる気がする。回復するために、自分にできることは何なのだろう。
そんなとき、聞き覚えのあるポジティブな声が聞こえてきた。
「シン君、ちょっと話してもええか? 大発見があるんや!」
振り返ると、そこには満面の笑顔で近づいてくるアリアの姿があった。
「大発見?」
僕が少し驚いたように尋ねると、アリアは誇らしげに胸を張って話し始めた。
「あたしな、これまで増幅の魔法をかけられるのは同時に1人までやったやろ? でもな、前の戦いの後くらいから、なんでか知らんけど、2人まで同時に増幅できるようになったんや!」
「それはすごい!」
つまり、効果が倍増――戦術的には大きな利点になる。だが、アリアの話はそこで終わらなかった。
「せやろ? でも、もっとすごいことに気づいてん!」
アリアは得意げに続けた。
「さっきエリナに言われたんや、自分を高めるのも大事やって。そんで思いついたんや。自分の魔法で、自分を強化したらどうなるんやろ? って」
「……自分を?」
僕が聞き返すと、アリアは頷き、さらに興奮した様子で続けた。
「今までやったら、同時に強化できるのは1人だけやったから、攻撃魔法を使えん自分を強化しても意味なかった。やけど、今は違う。2人同時に強化できるようになったからな、自分と誰かを同時に強化できる!」
「なるほど、それなら……」
「せや! あたしの能力で、自分の魔力を10倍に強化して、その状態でさらに他の誰かを強化するんや。そうすると……どうなると思う?」
アリアの瞳が輝いている。
「10倍の強化を10倍にする……ということは、まさか……」
思わず息を呑む僕に、アリアは満足げに頷いた。
「そうや! 仲間を100倍に強化できるんや。どうや? これ、めっちゃすごいやろ!」
「凄……過ぎる……」
その話の凄まじさに頭が追いつかない。100倍の強化なんて、想像もつかない力だ。
「ほな、これをシン君で試してみよか?」
アリアがニヤリと微笑み、僕をじっと見つめる。えっ、いきなり100倍に!?
「ほな、いくで〜!」
「え、ちょ、まっ……」
さすがに僕も狼狽えた。
100倍、行っときますか。
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