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10-2 夜会にて

 夜になり、屋敷の大広間でパーティが始まった。天井から吊り下がるシャンデリアが暖かな光を放ち、その下では豪華な料理が美しく並べられていた。白いテーブルクロスの上に並ぶ皿には、繊細な飾り付けが施された前菜や、豊かな香りを漂わせるメインディッシュが並んでいた。


 しかし、この華やかな光景とは裏腹に、僕たちの心はどこか沈んでいた。先の戦いの敗北と、仲間を失った悲しみが影を落としている。それでも、この穏やかな時間は、僕たちにとって久しぶりの安息の瞬間だった。


「エリナ、無事で本当に良かった。君をまたこうして迎えられることが、私にとってこの上ない喜びだよ」


 声をかけてきたのはルゼント・シアラン公爵。彼は50代半ばの貴族らしい風格を持つ男性だった。整えられた銀髪が控えめな光を反射し、深い青の礼服は、彼の気品と実務家としての堅実さを感じさせる。

 彼の振る舞いには高貴さだけでなく、逆境の中でも人を思いやる温かさと包容力がにじみ出ている。この穏やかで堂々とした態度があればこそ、シアラン家は教団の圧力の中でも生き延びることができたのだろう。


 エリナは優雅な白いドレスに身を包んでいた。繊細なレースが胸元や袖を飾り、足元には柔らかい光沢のあるスカートが広がっている。その姿は、彼女の内なる強さと高潔さを映し出している。先ほどまでの落ち込んだ様子はどこかへ消え、堂々とした佇まいは、まさにルミナスの聖女と呼ばれるに相応しいと感じた。


「ありがとうございます、ルゼント伯父様。私はここにいる仲間たちのお陰でこうして帰ってくることができました」


 エリナは一礼し、言葉を返した。ルゼント公爵はそんなエリナをじっと見つめ、満足そうに微笑んだ。


「お仲間の皆さんには深く感謝しなければなりませんな。そして、エリナ……君は立派に成長された。君がいれば、この国にまだ未来はある」


 ルゼント公爵の言葉は、部屋全体に優しい温もりをもたらした。その声には、エリナへの期待と信頼が込められていた。


 そして、僕たちもまた、それぞれこの場にふさわしい装いを身にまとっていた。


 僕は黒のシンプルなジャケットに白いシャツ、そして整ったネクタイというスタンダードな正装だ。動きやすい服装ばかり着ていた身には少々窮屈だが、この場にふさわしい格好だろう。


 一方、エネルは濃紺のタキシードを着こなそうと悪戦していた。落ち着かない様子で何度も襟元を直し、「こういうの、柄じゃねえんだけどな」と小声でぼやいている。どこか服に着られているようなぎこちなさが、微笑ましい。


 グラヴィスは深緑のジャケットにダークな色合いのシャツを合わせ、足元にはシンプルなブーツを履いていた。装飾を抑えた実用的なスタイルにもかかわらず、彼が身にまとう自然な風格は群を抜いていた。その堂々とした立ち姿に、どんな服でも彼に似合うのだろうと感心させられる。


「それにしても、アリアはまだ着替え中か?」


 エネルが首を傾げて言ったところで、扉が静かに開き、会場がざわめいた。そこに立っていたのはまるで別人のようなアリアだった。


 彼女の無造作にまとめられていた黒髪は、美しい波状のカールとなり、柔らかな照明を受けて艶やかに輝いている。メガネを外したことで、その大きな瞳が一層引き立ち、知的さと優雅さを両立した印象を与えていた。濃紺のシルクドレスは、肩を大胆に露出し、流れるようなラインが彼女の姿を洗練されたものに見せている。戦場では見ることのできなかったアリアの新たな一面が、そこにあった。


「すみません、髪のお手入れに時間がかかってしまって……遅くなりました」


 レティが申し訳なさそうにフォローする一方で、会場の視線は完全にアリアに釘付けだった。アリアはその視線に気づくと、わずかに頬を染め、気まずそうに眉を寄せた。


「なんや、あたしの顔に何かついとるん?」


 平静を装おうとする彼女の言葉には、隠しきれない照れが滲んでいる。


「いや、皆、麗しきご令嬢に見惚れているのだろう」


 グラヴィスが軽く微笑みながら言う。何だかちょっと恥ずかしいこんなセリフも、グラヴィスが言うと不思議と気にならない。


「アリア、本当に綺麗!」


 エリナが感激したように声を上げる。


「ま、まあ……悪くねえな」


 エネルも目をそらしながら、少し赤くなった顔で小声で呟いた。その不器用な仕草に、僕は思わず笑ってしまう。


「何言うてんの、そんなわけあるかいな。メガネなしではよく見えへんけど、着替えてメガネ外したくらいでそんな変わるもんやないやろ」


 アリアはいつもの調子でそう言ったが、その言葉とは裏腹に、彼女自身も少し戸惑っている様子が伝わってきた。

 エリナがアリアの前にそっと歩み寄り、優しい微笑みを浮かべた。


「アリア、あなたはいつもみんなの力を魔法で高めてくれる。だけど、もっと自分自身のことも大切にしていいと思うよ。こんなふうに、自分を高めることだって大事だから」


「自分を……高める、か……」


 アリアはその言葉を反芻し、静かに考え込むように俯いた。そして、何か深い意味を見出したのか、小さく頷いた。

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― 新着の感想 ―
思っていたよりも皆、余裕があるようで、逞しいですね。付き合いというか社交というかで、人前に出ざるを得ないというのが苦しいところですね。今回もとても面白かったです。
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