10-1 ルミナス王国
英雄グラヴィスが仲間に加わり、僕たちはルミナス王国へと足を踏み入れた。
灼熱の太陽と教団の侵略により荒廃したその国は、かつて光と繁栄に満ちていた頃の面影をわずかに残しているだけだった。その美しさで知られた城壁もところどころ崩れ落ちている。
エリナはフードを深くかぶり、誰にも顔を見られないように歩いている。彼女の足取りは重い。ゼノルスの扇動によって、ルミナス王家は国民から敵視されているためだ。それが彼女にどれほどの重圧を与えているのか、想像に難くない。
「……ルミナス王国は、太陽の女神ソルを崇拝し、国民が穏やかに暮らせる平和な国でした」
エリナの声には、かつての栄光への懐かしさと、それを失った痛みが混じっていた。グラヴィスもまた、荒れ果てた風景を見つめながら静かに言った。
「そうだな……教団が来る前は、確かにそんな国だった」
アリアが声を絞り出す。
「……せやな。あたしら、教団に操られてたとはいえ、ひどいことしてもうた」
エネルも、申し訳なさそうに目を伏せた。
「すまねえ、エリナ。どれだけ償っても足りねえけど……俺にできることがあるなら、何でも言ってくれ」
エリナは目を閉じて深く息を吸い込み、涙を隠すように笑顔を作った。
「ありがとう、みんな。でも、きっと大丈夫。まだルミナス王国のすべてが失われたわけじゃないと思うの」
彼女の瞳には、悲しみを超えた決意が灯っていた。
「ルミナス王家の直系は私だけになってしまったけれど、教団に従いながらも生き延びた人たちがいるはず。その人たちに会いに行きましょう」
エリナの言葉に、僕たちは静かに頷いた。向かったのは、エリナの母方の親戚であるシアラン家の屋敷だった。
屋敷の外観は、崩れた石畳は残されているものの、門扉や柵は丁寧に手入れされ、気高さを保っているように見えた。
エリナが屋敷の扉を恐る恐る叩くと、この屋敷の主であるレティ・シアランが迎えてくれた。彼女は30代半ばほどの落ち着いた女性で、丁寧に束ねられた長い金の髪と、上品な紺色のドレスが印象的だった。ドレスには控えめな金の装飾が施され、その姿には貴族としての品格と誇りが漂っていた。
エリナの姿を見た瞬間、レティの瞳には涙が浮かんだ。彼女は思わず手を口元に当て、震える声で言葉を紡いだ。
「エリナ様……よくぞご無事で……本当に、よくぞ戻られました……!」
エリナはその言葉に小さく微笑みながら、安堵したように頷いた。
「レティ……ただいま戻りました。皆さんは無事でしたか?」
レティは深く息をつき、慎重に言葉を選ぶように答えた。
「ええ……この屋敷の関係者たちは何とかやり過ごしております。ただ……」
どう言葉にすれば良いか迷いながらも、レティは続けた。
「国民の多くは王家に不信を抱いたままです。しかし、ここにいる間はどうかご安心ください。この屋敷の者は王家への忠誠を決して失いません」
僕たちは、その後レティの勧めで屋敷で休息を取らせてもらうことになった。戦い続きだった僕たちにとって、久しぶりに柔らかな寝具で眠れるというのは、この上ない贅沢に感じる。
そしてレティはさらに提案してくれた。
「そうです、ルゼント公爵を招き、ささやかながらパーティを開きましょう。厳しい状況ではございますが、エリナ様のお帰りを祝わせていただきたく存じます」
「まお、叔父様もお元気なのですね!」
エリナの叔父にあたるルゼント・シアラン公爵。かつてルミナス王国の魔法省の大臣を務めていた人物で、魔法に関する深い知識を持っているらしい。しかし、パーティという言葉に、僕たちは思わず顔を見合わせた。戦いと逃亡の生活を続けてきた僕たちの服は、ぼろぼろで埃まみれ。前世だったらまるでゾンビの仮装のような有様だ。そんな格好で、公爵がいるパーティに参加してよいものだろうか……
そんな僕の気持ちを察したかのように、レティは笑みを浮かべた。
「どうぞご安心ください。皆さまのために、こちらでお衣装もご用意いたしましょう。お好きなものをお選びくださいませ」
そのさりげない気遣いに、ルミナス王国の貴族としての品格が感じられた。
アリアは深いエメラルドグリーンのドレスを手に取り、困惑した表情でため息をついた。
「……正装とか、ほんま面倒くさいわ」
彼女にとって、この手の格好はどうにも馴染めないのだろう。アリアは普段あまり外見を気にする方ではなく、動きやすさや機能性を選ぶ方だ。
「戦うんやったら、ドレスより鎧が欲しいとこやなぁ……」
ぼやきながらも、どこか仕方ないといった感じでドレスを体に当ててみて、満更でもなさそうな顔をしていた。
イグナリス王国からルミナス王国に物語の舞台が移りました。
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