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9-4 グラヴィス・ノクターン

 僕たちはイグナリス王国の国境を超えた森の中で、ようやく一息ついた。木々に包まれたこの静かな場所なら、しばらくは追っ手の目から隠れられるだろう。


 エネルはまだ興奮冷めやらぬ様子で、顔を紅潮させながらグラヴィスに声をかけた。


「俺はエネル・バルカン。グラヴィスさんと同じグラディオン帝国の出身っす。いやあ、会えるなんて夢みたいっす! マジで尊敬してます! でも、俺なんてまだまだっす……」


 あのエネルが人に『さん付け』するなんて珍しい。彼の緊張が伝わってきて、僕は思わず笑いそうになった。


 グラヴィスは控えめに微笑むと、落ち着いた声で言った。


「そうか、グラディオンの出身か。お前もよく頑張っている。シンやエリナ姫がここまで来られたのは、お前の力があってこそだ。もっと自信を持っていい」


「うおお、やっべえ……グラヴィスさんに褒められた!」


 エネルのテンションはもう最高潮だ。まるで子供のように興奮し、目を輝かせている。

 エリナも丁寧に感謝を述べた。


「グラヴィス、先ほどは本当にありがとうございました。あの魔法には驚きました。まさか大地を傾けてしまうなんて……英雄の噂に違わない、まさに伝説的な力でした」


 グラヴィスはわずかに照れたように肩をすくめると、軽く手を振った。


「いやいや、姫、大地を傾けるなんて大げさな話じゃない。ただ、ちょっと重力の向きを変えただけなんだ」


 彼は謙虚にそう言いながら、その魔法の本質を簡潔に語り始めた。


「ノクターン家は代々、物の重さを操る魔法を受け継いでいる。俺もその魔法で、物を軽くしたり、重くしたりすることができる。そして、俺が編み出したのが……重力の方向そのものを曲げる技だ。重力を横向きに変えれば、物は地面じゃなく横に『落ちる』ってわけだ」


 僕は先ほどの地面が急傾斜したり、体が羽のように軽くなる感覚を思い出しながら、彼の魔法の奥深さに改めて驚いた。飄々とした態度からは想像できない高度な魔法――彼の説明は控えめだが、その力は一級品だ。


「なるほどな……すげえ魔法だ」


 エネルが感嘆の声を漏らし、興奮冷めやらぬ様子で拳を握りしめている。グラヴィスはそんなエネルをしばし面白そうに見ていたが、すぐに真剣な表情に戻り、場の空気を引き締めるように言葉を続けた。


「さて、シン。お前が話していたソルの異変――俺も調べてきた。正直、嘘であってほしいと願っていたが……お前の言った通りだった」


 その重々しい口調に、全員が息を呑む。グラヴィスの言葉には、ただ事ではない緊迫感が宿っていた。


「太陽は、確実に赤くなり、膨張を続けている。変化の速度はゆっくりだが、着実に加速している。そして、季節の巡る時間も大きく狂い始めている――皆も気づいていると思うが、もはや単なる異常気象では片付けられない段階に入ってきた」


 胸の奥に重くのしかかる不安を抱えながら、僕はその言葉を噛み締めた。


「最初、俺もソルディアス教団が原因だと思った。だが、結論として奴らはただその異常を利用し、人々の不安を煽っているだけだった。教団を壊滅させたところで、この異変は止まらない。それが分かった」


 グラヴィスは、ため息をつき、僕たちを見渡す。


「自然の摂理として太陽が寿命を迎えようとしているのなら、俺たちにできることは限られる。だが――希望が完全に断たれたわけじゃない」


 グラヴィスは慎重に言葉を選びながら続けた。


「手がかりがあるとすれば、それは、ルミナス城の『太陽の祭壇』だ」


「太陽の祭壇……!?」


 エリナが驚いた声を上げた。その瞳には、懐かしさと不安が入り混じった色が見えた。


「あそこはルミナス王家にとって神聖な場所。女神ソルへの祈りを捧げるための祭壇です」


「その通りだ、エリナ姫」


 グラヴィスは頷く。


「太陽の祭壇は、祈りの力をソルに届け、見返りとしてその力を得る場所と聞く。そこには、古代からの魔法技術が詰まっているらしい」


「ソルの力を得る!?」


 それを聞き、エリナが驚きの声を上げた。そこには親族にすら明かされていなかった謎があるのかもしれない。


「あくまで俺の調査によると、だがな。行ってみる価値はあると思わないか? だが問題もある。ルミナス城は今、教団の本拠地になっている。太陽の祭壇に行くためには、結局、奴らと戦うしかない」


 グラヴィスの静かな声が重く響く。その一言は、これからの戦が避けられないことを物語っている。するとエリナが一歩前に出て、凛とした声で言い放った。


「太陽の祭壇を奪還しましょう! それは私の使命でもあります。ソルディアス教団に祖国を踏みにじらせたままにはしておけません」


 その瞳に宿る決意は、これまでに見たことのない強さだった。

 その声に応じるように、沈黙を守っていたアリアが、低く絞り出すように口を開く。


「せやな。アリスの犠牲を無駄にするわけにはいかへんし……教団にも一矢報いたいわ。あたしもやったるで!」


 彼女の涙に濡れたその言葉には、強い意志が宿っていた。


「よっしゃ、城の奪還か。燃えてきたぜ!」


 エリナの覚悟、アリアの悲しみ、それにエネルのいつもの力強い笑顔――それぞれの思いが、一つに重なり始めているのを感じた。

 正直に言えば、太陽の祭壇が太陽の力を有効活用するソーラーシステムのようなものだったとして、それで太陽の寿命が延びるとは思えない。でも、何かしらの糸口が見つかる可能性は確かにある。例えそれが僅かな希望の欠片でも――今の僕たちには十分だ。

 それに、もう一つ確かなことがある。イグナリス王国から追われる身となった僕たちにとって、これから行くべき道は一つしかないのだ。


 僕は皆の目を見据えながら力強く言った。


「ルミナス王国へ行こう!」


 静かな決意がその場を包む。僕たちは、それぞれの胸に思いを抱えながら、新たな戦いの地を目指す準備を始めた。


9章も完了し、物語は後半戦に入ります。


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― 新着の感想 ―
物の本質は単なる自然現象なのですよね。人間にはどうもならないところですが。何年も後に本当にその時が来たとして、人類はどうするのでしょうね。その時まで人間は存続していられるのでしょうかね。壮大な話にそん…
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