9-3 最高の救援
地面の傾きはますます急になっている。
「シン、みんな! すぐに何かに掴まれ!」
そこに、力強く、落ち着いた声が響く。聞き覚えのあるその声に、僕たちは反射的に近くの木々に手を伸ばした。次の瞬間、地面がさらに大きく傾き、崖のような急斜面へと変わった。足場のない教団員とイグナリス軍の兵士たちは、戸惑いの声を上げながら谷底へと転げ落ちていった。
そして――
「遅れてすまなかったな、シン」
その声の主が現れた瞬間、場の空気が一変したように感じた。グラヴィス・ノクターン――僕が憧れ、敬愛する英雄の姿がそこにあった。
彼は黒のタクティカルジャケットにスリムなダークグレーのパンツ、そして使い込まれた黒いブーツを履いている。手には指先の露出した革のグローブをつけ、手首にはノクターン家の紋章が刻まれた小さな飾りが光る。戦いと長旅に耐えうる実用的なスタイルだが、その洗練された佇まいからは大人の落ち着きが漂っていた。
「グラヴィス……!」
思わず声を漏らした僕の胸に、熱いものが込み上げてきた。絶望の淵に立たされていた僕たちの前に、彼はまさに救世主として現れたのだ。
グラヴィスは周囲の状況を一瞥し、落ち着いた微笑を浮かべた。
「もっと早くお前たちを救いたかったが、少し手間取ってな。こんな状況になる前に来られればよかったんだが……」
彼は申し訳なさそうに微笑む。だがその笑顔の裏には、戦況を即座に理解し、冷静に対処する鋭さがある。
その時、木々に捕まり落下から耐えていた教団員が、グラヴィスに向かって攻撃魔法を放ってきた。
ーー重力揺らぎーー
それを見逃さず、グラヴィスが両腕を広げると、周囲に見えない重力の揺らぎが広がった。
「空間が歪んでるみてえだ!」
エネルが声を上げる。重力波は教団員の放った魔法を跳ね返してそのまま広がっていった。傾いた地面の上で何とか落下から耐えていた教団員たちも、この波にさらわれ、なす術もなく転がり落ちていった。
「さて、お前たちの様子を見ていて思ったんだが、ここはまだ立ち止まるべき場所ではない」
グラヴィスの低く穏やかな声が、僕の胸を揺さぶった。その響きには、確かな力と信念が込められていた。
「仲間を失うのは辛い。それは否定しない。だが、それで全てを終わらせるわけにはいかないだろう?」
彼の言葉はまっすぐで、僕たちが感じている痛みや絶望を受け止めた上で、その先を示してくれる。
「太陽の危機からこの世界を救う。その使命に比べれば、今の困難など乗り越えるべき障害の一つでしかない。お前たちならできるはずだ」
グラヴィスの言葉に、僕の心の中でくすぶっていた諦めの感情が少しずつ消えていく。そうだ、アリスの犠牲を無駄にしてはいけない。彼女のためにも、僕たちは再び前に進まなければならない。
そこで、エネルが目を輝かせながら興奮気味に僕に問いかけた。
「おい、本当にあの英雄グラヴィスなのか?」
彼にとっても、グラヴィスは憧れの存在だ。
グラヴィスは少し照れ臭そうに肩をすくめる。
「ああ、英雄なんて呼ばれると、どうもこそばゆいが……確かに俺はグラヴィス・ノクターンだ。まあ、そう言われて悪い気はしないがな」
「すげえ! 本物のグラヴィスだ! シン、お前、グラヴィスと知り合いだったのかよ!」
エネルは目を丸くし、先ほどまでの疲れも忘れてしまったかのように、少年のような笑顔を浮かべている。
僕はそんな彼を見て、控えめに答えた。
「ああ、昔から色々と世話になってるんだ。それに、グラヴィスには太陽の危機についても相談したことがある」
グラヴィスは頷きながら、しかし冷静に言った。
「少し元気が出たようで何よりだが、ここで長居はできん。まずは安全な場所に移動するぞ」
彼の意志に従うように、傾いていた地面がゆっくりと元に戻っていく。
ーー重量消去ーー
そして、グラヴィスが僕たちの肩に軽く手を置くと、まるで重力から解放されたように体が軽くなった。
「跳ぶぞ」
僕たちはグラヴィスと共に跳躍する。まるで羽のように軽やかに空中を舞い、切り立った崖を一瞬で飛び越えた。それは夜空を飛んでいるかのような体験だった。風が頬を撫で、暗い空に星が瞬いていた。その中で、僕たちは再び前へと進む希望を取り戻していた。
ついに憧れの英雄の登場です。
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