9-1 感謝と別れ
エネルの機転で戦場を離脱し、僕たちはなんとか安全な場所にたどり着いた。しかし、アリスの傷はあまりに深く、息遣いは荒い。アリアはアリスの手を握りしめ、声を震わせながら、涙をこらえきれずに呟く。
「アリス……なんで、なんでこんなことに……」
彼女の声には、どうしても現実を受け入れたくないという痛切な思いがにじんでいた。アリスはかすかに微笑み、か細い声で応える。
「……姉ちゃん……ごめんな……うち、いつも迷惑ばっかかけて……」
その言葉は、短くも真心が込められていた。だが、彼女の心の奥には別の感情も渦巻いていた。
◇ ◇ ◇
『……ほんま、アホちゃうか。なんでうちが、姉ちゃん庇ってこんな目に遭わなあかんねん……ほんま、理不尽すぎるやろ……』
アリスは心の中で毒づいた。世の中の理不尽さ、そしてどうすることもできない無力感が心の奥で渦巻いていた。
『なんでうちばっか、こんな辛い思いせなあかんねん……ええ加減にせぇや……』
息をするたびに胸が激しく痛み、とても寒い。意識も徐々に薄れ、すべてが遠ざかっていくような感覚があった。
『……何のために生まれてきたんやろ。何もかもうまくいかんし、楽しいことなんてひとつもなかった。うちなんて、どうせ壊すことしかできひん』
電磁気を操る力なんて、望んで得たものじゃなかった。できれば、普通の子供と同じ生活がしたかった――それだけのことだったのに。
『なんで、うちがみんなと違うだけで、こんなにも嫌われなあかんのやろ。選んだわけでもないのに……』
冷たい目で見られ、蔑まれ、背負わされてきたその重さを、誰も分かってはくれなかった。姉のアリス以外は。
『……ほんまやったら、生まれてこん方が……よかったんちゃうか……』
苛立ちも怒りも、徐々に薄れていく。静かな闇にゆっくりと沈んでいき、アリスの瞼が閉じようとしたそのとき、アリアの震える声が耳に届いた。
「アリス……ありがとう。守ってくれて……ほんまに、ありがとうな……」
その言葉は、アリスがこれまで一度ももらったことのない、感謝の言葉だった。
『……ありがとう……やと?』
姉の涙が滲むその言葉が、冷え切った心にじんわりと染みていく。アリスは胸の奥で、ほのかな温もりが灯るのを感じた。
『……姉ちゃん、うちに感謝してくれるんや。これまで迷惑ばっかかけてきたけど……こんなうちでも、姉ちゃんの役に立ったんかな。なら、これで……ええんかな……』
姉にとって自分の存在が一度でも意味を持てた――そう感じた瞬間、アリスの心のが少し軽くなった。
『そうや……もうええんや……これで、十分や』
アリアの泣き顔が、ぼんやりと視界の中で揺れていた。最後に見る景色が、姉の顔でよかった。
もう何も聞こえなくなっていた。静寂の中、アリスの周りにゆっくりと温かな光が満ちてきた。
アリスはその光の中へ、まるで風に乗るように飛び立っていく。痛みも苦しみも消え、ただ穏やかで心地よい。
無限のようでもあり、一瞬のようでもある不思議な旅の果てに、アリスの前にふと影が映り込んだ。
『……なんやろ……』
ぼんやりと霞む視界の中に見えたのは、見知らぬ女性だった。女性は柔らかな表情を浮かべ、大きなお腹を抱えている。
すると、どこからか美しく、優しい声が聞こえてきた。
『私は、転生を司る存在。アリス、あなたは本当に、よく耐え抜いたね。あなたの最後の勇気ある行動に免じて、もう一度新たなチャンスを与えるよ』
『……チャンス? 転生?』
『そう、今度こそ、あなたがご両親に愛され、平穏な人生を歩める人生』
平穏な人生――その言葉にアリスは一瞬、夢のようにそれを思い描いた。それは、幼い頃から、ずっと憧れていたものだった。
だが、その瞬間に浮かんだ姉の顔が、激しく心を揺さぶった。
『……いやや、転生なんて、いらん! うちは姉ちゃんと一緒がええんや!』
『アリス……』
転生を司る存在がちょっと困った顔をする。
『いやや! 姉ちゃんと一緒やないと、うちは絶対認めへん! 何がなんでも、嫌なんやー!』
この転生を司るものは、シンやエリナを転生させたのと同一の存在です。
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